##CS##○懐かしの物語○##CE##

赤い実はじけた①

赤い実はじけた
名木田 恵子 作
綾子は家に帰ってくるなり、鏡の前に飛んでいった。
洗面所には、見慣れた自分の顔が映っている。ほおがピンク色をしているのは、走ってきたせいかしら。顔じゅうが真っ赤に染まったような気がしたのに、目も口も、いつもと変わらない。
「変なの。確かにパチンて、音がしたと思ったのにー。」
その音を哲夫に聞かれたような気がして、話の途中だったのに、綾子は、にげるように帰ってきてしまったのだ。
去年の夏休み。母の郷里に遊びに行ったとき、いとこの千代が言っていた。
「急に胸が苦しくなってきて、とたん、胸の中で、赤い実がはじけたの。」
あの夏の夜、千代と布団にもぐりこんで、いろいろな話をした。その時千代は、はずかしそうに、一夫君のことを言い出したのだ。同じクラスの一夫君の横顔に夕日が当たった瞬間、千代の胸の中で、赤い実がはじけたというのだ。
「不思議なのよ。一夫君とは小学校も一緒でしょう。同じクラスになったことはなかったけど、それまで毎日のように顔を合わせていたのに、そんなことなかった。それが、突然ー。」
それから千代は、一秒だって一夫のこと忘れたことはないの、と言った。
中学一年になった千代は、一年前の夏会った時に比べて、話しかけにくいほど大人っぽくなっていた。
「綾ちゃんも、いつか赤い実がはじけるわよ。そしたら教えてね、地震みたいに突然来るんだから。」
そう言って千代は、まぶしいような笑顔を浮かべた。
その夜の千代との会話を、綾子はときどき思い出した。
「赤い実がはじけるって、どんな感じかしら。突然来るって、わたしにはいつかなー。」
想像するとなんだかどきどきしてくる。
千代が言ったのは本当だった。それは、まったく突然ー。急にに胸が苦しくなってー。
パチン。
思わず飛び上がるほど大きな音を立てて、胸の中で何かがはじけたのだ。予想もしていなかった。だって、話していた相手が哲夫だったんだものー。

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