オッサンの昔話 

作者コブシ

今から30年くらい前の話。





16歳でいろいろあり、家を出され、ある施設に預けられた私。





労働基準法?知ったこっちゃねぇ!





今じゃ考えられないんだけれど、朝早くから夜9時10時まで働かされていた。





休みなんてほとんどなく、あっても事務所の電話番という軟禁されたような休みくらい。





「上等だよ!こんな家出て行ったるわ!」





そんな威勢のよさもどこえやら。慣れない日々に気が塞ぎ込んでいた。





そんな日々を数か月過ごしていたある日。





「おい!コブシ!最近、元気ないなあ。俺が気晴らしにおもろいとこ連れて行ったるわ!」





朝、そんな元気のなかった私に、声をかけてくれたDさん。





一緒に寝泊まりしているDさん。





私と同じ部署で、直属の上司であり、普段から何かと私を気にかけてくれていた。。





どこの世界にも、こんな人は必ずいる。





そんな優しさが、その頃の私には胸に沁みた。





夜の仕事が終わり、一息ついていた私。





「おーい!コブシ、行くぞ!」





約束通りDさんが声をかけてくれた。





「これ着ていけ!」





Dさんは一着のスーツを手渡してくれた。





どこに連れて行ってくれるのか、ワクワクした私。





スーツでビシッと決めたDさんと、生まれて初めてスーツを着たぎこちない私。








二人でタクシーに乗り込み、ネオンが輝く華やかな街へ。








私にとっては別世界だった。








あるビルの前でタクシーは止まった。








エレベーターに乗ったDさんは、手慣れた様子で「5」という数字を押した。








何だかわからないアルファベットで書かれていた店のドアをDさんが開けた。








「あ~らDさん!いらっしゃい!」








Dさんはここの常連らしく、ママさんらしき人が出迎えてくれた。








「今日はおもしろい奴連れてきたから!」








笑いながらDさんはママに言った。








ボーイさんに案内され、ボックス席に座った私たち。








「いらっしゃいませ~!」








ほどなくして、甘ったるい声と共に、ママさんと一人の女性がそれぞれ私たちの隣に座った。








私は田舎の中学出身で、女性との免疫がまったくなかった。








私の隣に座った女性は、きらびやかな服装のせいじゃなく、あきらかに輝いて見えた。








「どうも~、初めまして!ナツコで~す!」








「ど、ど、どうも・・・」








私は照れくさくて、目を合わせられなかった。








ナツコさんは19歳。








触れ合っている膝が気になり、少しずつ離してしまう私。








その度にまた膝を擦りつけてくるナツコさん。








「コイツな、実は16歳やねん!」








タバコをくわえながらDさんが言った。








阿吽の呼吸でママさんがDさんに火を着ける。








「え~、未成年がこんなとこ来ちゃダメじゃな~い!」








笑いながらママさんは言った。








ナツコさんも笑っていた。








「コイツな、俺と同じで16歳で家出されて、頑張ってんねん!」








「え~スゴ~イ!」








塞ぎ込みがちだった日々がウソのように一瞬で吹き飛んだ。








私は女の子とほとんど喋ったことがなかった。








だから、せっかく二人で喋っているのに、ナツコさんの顔を見ずに、よそ見ばかりしていた。








たまに、向いの席に座っているDさんが、こちらに「楽しいだろ?」と言わんばかりに目配せをしてくる。








でも、話している時にチラッと目が合うナツコさんは本当に可愛かった。








「コブシ、そろそろ帰るか!」








二時間くらい過ごしただろうか。私は正直、「え、もう帰るの?」って思った。








「また、逢えたらイイね!」








帰り際、私にすり寄ってきて、下から覗き込むように笑ったナツコさんの顔。








今日、出会って1番可愛いと思った。








手渡された名刺。








「今日はコブシちゃんに会えてよかった!」








名刺に書かれていた言葉。








今だったら、営業、営業。って思えるんだけど、16歳の少年には刺激が強すぎだった。








もう私の心は奪われていた。








次の日から、頭の中はナツコさんで一杯だった。








どうしても、ナツコさんに会いたくなった私は一人で行く決心をした。








私の住んでいたところは、基本的に門限はなく、夜9時くらいから自由になり、朝6時からの掃除の時間に間に合えば問題なかった。








3日後、夜の仕事が終わり一人でタクシーに乗り、名刺に書かれている店に向かった私。








「スターダスト」








この間行った時は気づかなかったけれど、店にはそう書かれていた。








さすがに扉を開けるときは緊張した。








2,3度深呼吸して扉を開けた。