維新静岡史

沼津兵学校

静岡学問所と同様、沼津兵学校も忘れてはならない重要な学校である。まだ戊辰戦争の混乱中の中、明治と開元されたばかりの9月8日に静岡学問所の開く布令が出され、ほぼ同じ時期に、徳川家兵学校(明治2年8月に沼津兵学校と改称)を開く準備が進められていた。静岡と沼津は車の両輪として新しい時代の静岡藩、徳川家を支え、かつ発展できる優秀な人材の育成を急いだのであった。

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