妖精は月と舞う-crescent-《完》

その目に映るもの



「はいビールお待たせ」


 乱暴にドンと音を立てて置かれた木樽のジョッキから泡がこぼれ落ちる。

 男は慌てて唇をつけてそれを啜った。


「相変わらず君は愛想ないな。俺だって立派な客なんだけど」

「客なら客らしく飲んだらすぐ帰りな」

「そう冷たいことを言うなよ。俺はずっと君の顔が見ていたい。ねぇアリソン、今日空いてる時間はある?俺とデートしよう」

「あいにくだけどずっと仕事だよ」

「明日は?」

「仕事」

「明後日は?」

「明後日もその次もその次も次も次も次もずーーーーっと仕事だ!」

「忙しいんだ。それならマスターに頼んでどこか半日を休みにしてもらおう」

「チッ、女心の分からない男だな。昼間からこんな湿っぽい酒場に入り浸って女に絡むような男はあたしはお断りだよ!」

「その言いぐさは酷い。俺だってちゃんとやることやってここに来てるんだからさ。人を体たらくなちゃらんぽらんのように言うのはやめてくれ」


 不機嫌そうに眉根を寄せてみるが、アリソンは言葉を改める気はなさそうだ。

 だがそのとき小さな影が突然男の視界を横切った。何だ?と思っていると次の瞬間にはアリソンが声を上げた。


「痛っ!こら!イタズラするな!!」


 アリソンのトレードマークのポニーテールに飛び付いているのは小さな妖精だった。小さいと言ってもブラウニーやピクシーほどではなく、人間の膝くらいの身長だ。

 服を掴んで無理矢理それを引き剥がそうとするアリソンを見て、男は慌てて止めた。


「待て!それはコボルトだ!あんまり乱暴にするなよ!」

「え?」

「ほらどうだ、ブドウだぞブドウ。これをやるから彼女の髪を放せ」


 男は咄嗟にカウンターに置いてあったブドウを取り、コボルトの目の前に差し出した。

 妖精に人間の言葉は通じないが、コボルトはブドウに目を輝かせてアリソンから離れた。

 そして口いっぱいにそのブドウを頬張るとどこかへ走って消えていった。


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