妖精は月と舞う-full moon-

雨ざらしの世界




「俺はいつか、この世界を失う」



 濁った灰の空の下、男は呟く。

 空を見上げたもう一人の男は己の体が血で汚れていることなど気にも留めない。


「どうしてそう思うんだ?」

「俺は偽物だから」

「ならお前が思う〝本物〟って何だよ」

「心配しなくてもお前は本物だよ」

「よく言う。俺のこと腰抜けって言ったくせに」

「お前が初日に腰を抜かしたのは事実だろ」

「っ、頼むから掘り返すな」

「お前が先に話を振ったんだろうが」

「お前が変なこと言うからだろ」

「変なことか」

「変だろ。まぁ、こんなどんよりとした天気だと無性に悩みたくなる気持ちも分かるけどな」

「別に俺は好きだよ、この空」

「曇り空が好きなんて変わった奴だな。俺は雨が好きだ」

「それも大概変わってるだろ」

「そうか?俺の故郷では3日以上降り続く雨は天召あめって言って、天と地の境界が曖昧になるらしい」

「境界が曖昧になる?」

「天と地、つまりあの世とこの世だよ。その境界が曖昧になると死んだ人間がその時だけは戻ってこられるんだってさ」

「あの世なんて随分と非現実的な話だな」

「妖精国だって似たようなもんだろ」

「妖精国は存在が証明されてる」

「それは妖精がする話を全部鵜呑みにするのならだ。実際に妖精国に行って帰ってきた人間はいないんだから結局は不確かだろ」

「だからあの世も同じだって?」

「でもそっちは簡単に答えが出る。死ねば分かるんだから」

「それを知るために死ぬのか?」

「まさか、いずれシワシワのじーちゃんになったらって話だよ。俺はまだ死ねない。あの世の謎はいつか分かるけど、この世の謎は生きてるうちにしか解けないんだから」

「つまり?」

「つまり今日も頑張って生き延びようってことだな」

「変なヤツ」

「お前に言われたくな……うわ!降ってきた!!」

「お前が雨が好きなんて言うから」

「いいじゃん。汚いもん全部洗い流してくれるよ」

「俺は汚くないし濡れたくない。じゃあな」

「え?あ!おい待てって!」




 ふとあの日の情景が途切れ、男は目を覚ます。

 無造作に床に落ちていた白のコートに袖を通し、カーテンを開けると窓の外はまだ夜の闇に覆われていた。

 地面を叩きつける水の音だけが暗闇の中で雑に響いている。



「雨……」



 一一あの日見ていた景色は確かに同じだった。

 だが、そこから見えていた世界はきっと同じではなかったのだろう。






 *




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