落ち武者T ふらり世界放浪記

追憶 愛犬コロ

「彼」にとっては、普段となんら変わらない朝。


玄関でいつものように見送ってもらおうと思っていた。



「じゃあな・・・行ってくる。がんばるな」



悲しみをこらえ、サラッと言えた別れの挨拶。


少し声が震えたものの、我ながら見事だった。



旅への出発の朝、余命2ヶ月を宣告されている「彼」とは、もう逢えないのを私は知っていた。


だからこそ、それを気づいて欲しくなかった。


しんみりしたくなかった。




昨日までの15年間、「彼」はシッポを振って私の背中を見送ってくれていた。


それこそ雨の日も雪の日も・・・・




だが、その日は違った。



「彼」は、二度と私を玄関で迎えられないことを知っていた。



心持ち顔を下げ、悲しそうな上目使いでジッと私を見つめ、いつもより小さくシッポの振った。




「クゥーン・・・」


「クゥーン・・・」


「クゥーン・・・」



繰り返し、繰り返し、「彼」はなき続けた。



何を言っているのか不思議なくらい良くわかる、切なく胸を突く声だった。



結局、その泣き声は角を曲がっても聞こえてきた。



もっというと旅先でも聞こえてくる気がした。



子犬に睨まれて道を譲り、ドブの溝に片足を落とす。



そんな少し間の抜けた、愛らしい「彼」は私の帰国を待たずに逝った。



帰国後、少し広く感じる玄関が、現実の「彼の死」を露骨に教えてくれた。




「彼」は私の人生を応援しながら逝った。



私はそう信じるから、涙は最小限に堪えることができた。

0
  • しおりをはさむ
  • 10
  • 0
/ 54ページ
このページを編集する