プラスチックエリア【完】(オリジナルバージョン)

でも、今朝は違った。


隣に彼女が寝ていなくても、彼女を感じることが出来るだけでこんなにも満たされた穏やかな気持ちになる。


幸せと言うのは案外小さな事ばかりなんだと思いながら体を起こす。


「……あ」


全裸で寝ていた事に少しだけ恥ずかしい気持ちになりながら床からスウェットを拾い上げ着るとリビングに向かった。

「桜?」


爽やかな笑顔が目覚めを知らせた。


「あ。臣くん……おはよう」


「うん、おはよ……なに? すごくいい匂い」

「勝手にタマゴ使っちゃったんだけど……フレンチトーストだよ」

「マジで? オレすげえ好きなんだ! やった。えへへ」

「そう? ふふふ。もうできるよ」


ワクワクとしながらテーブルに腰掛けるとコーヒーを淹れてくれた。


「桜のとこのパン屋さんのメニューにはないじゃんか……だからクロックムッシュ頼むんだけど、フレンチトースト旨いよね。大好きかも」

「そうだったの? 言ってくれたら作るよ」

「マジで?」

「うん。じゃあ……シアン様裏メニューで」

「あはは、うん! よろしくお願いします」

「かしこまりました」

「でも……クロックムッシュも食べたいからどっちも頼むね」

「あはは! 成長期?」

「そうそう」

テーブルに出てきたフレンチトーストはパリジャンと食パンの2種類だった。

しっかりと味がしみた感じのパンから湯気がホカホカとあがる。それを見ているだけで頬がゆるんでくる。


「家で余ってたパンを持って来たから、ごめんね」

「ううん、すげえ! フレンチトーストってさ」

「うん」

「ジンちゃんちのお母さん……おばさんが作ってくれて、よく食ったな」

「そうなの?」

「うん。だからジンちゃんとアニも喜ぶ」


当時のオレにはなにもかもがゴチソウだったけれど、フレンチトーストだけは格が違うような気がしていた。

時々しか食べられない、そんな食べ物だったからかもしれない。


「ふふ、じゃあ。絶対頼んでね? あ、オーダーなくても出すわね」

「あはは! うん」


フレンチトーストは優しい味がした。

桜のキスと同じくらい、甘くて優しい味がした。


オレはそう言いかけてやめた。


桜が、フレンチトーストを食うオレをあまりにも穏やかにニコニコと見ていたからだ。

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