ホ テ ル【完】






少しもグラウンドから目を逸らさない俺は、静かに眼鏡を正した。その数秒後廊下が騒めくが、俺の耳には入ってこなかった。意識は全て柑奈に。

花壇の前にしゃがみ込んだ彼女は、いつになく柔らかい表情で光を浴びている。なにを考えているんだろう。少しでもいいからその思考の中に俺がいるといい。

…なんて、こんな平和なことを思えることが幸せだと思った。


もう彼女を泣かせたくない。
あんな怖い思いはさせたくない。

柑奈にはただ笑っていて欲しいから。






「……あ〜知らなかったよ。昴瑠が早川さんにこんなにズブズブだったとはね」



ムシャリ、転がっていたパンのうち焼きそばパンを頬張るヤスは降参だというようにヒラヒラと手を振っている。もちろん俺はそれも見ていなかったが。




「ところでさ、昴瑠っていつから早川さんのこと?」

「…」

「お前が急に髪を明るくしてきたのは一年くらい前のことだっけ?」

「…」

「そーだよなー。普通誰だってそうしたくなるよなー」

「…」

「だってあの、学校一の隠れマドンナの早川さんのお目にとまるためには、昼間の見回りにかけるしかねえもんなー。うんうん」

「…」

「男子に興味示さないって有名だったし。破壊的に近づきにくかったし、こりゃ絶対年上じゃなきゃ相手にしないパターンのやつだわ…って、何人の男が泣いてたか」

「…」

「まさか万年無表情でつかみ所のないお前が、それを狙ってた、とはねえ…。しかも独占欲丸出しと来た。俺はびっくりですよ。ええ」




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