文庫版鈴蘭学園物語~special episode~

鈴蘭学園物語②夏休み編 /喪失のプレリュード




PM 9:38




「はいノアちゃん、ご飯よ。」


―にぃ!



誠さんがおつかいに行かれて、私とノアちゃんだけの立花家。


お風呂場から湯船にお湯の溜まる音が聞こえる中。

台所の床でノアちゃんがはぐはぐとご飯を食べるのを見つめながら、私は今夜の出来事に思いを馳せていたのでした。





美里 side




(楽しかったわ…本当に。)



満足げな吐息と共に、小さな笑みが零れた。

慣れない下駄に足が少し疲れたけど、とてもとても楽しかった。


初めてのお泊まりに初めての夏祭り。

いつ以来でしょう、こんなに楽しかったのは。
こんなにたくさん…笑ったのは。




(最初はもっと引きずるかと思ったけど…)



初めて芽生えた恋心。

その痛手は、なかなか私を前へは進ませてくれないだろうと…そう思ってました。


けれどいつの間にか、以前と同じように誠さんの隣で笑ってる自分がいたのです。




(きっと私は羨ましかったのね、誠さんの凛とした強さが…)



今はそう思えるようになったけれど、失恋した直後はやはり辛くて…。

誠さんの前でも、なるべく明るく振る舞おうと努める事が多かった。


誠さんもそんな私に気付いていたでしょうに、触れずにそっと見守ってくれていた…。


そんな優しいところがとても好きだった。

自分にはない前向きな姿勢を…眩しく感じた。


けれど、今は…




「ふふ…また来年ですって。」


―みゅ?



先の事は誰にも分からない、そう言ってしまえばそれまでだけど。

けれどなんて素敵な約束なのでしょう。


マロンちゃん以外に親しい友達のいない私とって、誠さんは初めての仲のいい…女の子のお友達。



『また来年』。


それまでに私は成長できているでしょうか、誠さんのような強い女性に。

誠さんに頼ってばかりではなく、彼女を支えてあげられるような…頼もしい友達に――…。








――ガラガラガラ…



と、その時。

玄関先から聞こえてきたのは、引き戸の開閉音で。


鍵は掛けていなかった。

きっと誠さんが帰ってきたのだろうと思い、私は出迎えにパタパタと駆け足で玄関に向かったのでした。




「お帰りなさい、まこ…――っ!?」



けれど、

そこに居たのは誠さんではなく…





――ザンッ…



「…あんたが『マコト』?」



全く知らない男の人が…立っていたのでした。

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