文庫版鈴蘭学園物語~special episode~




若者が人違いしてしまったのも無理はない。

なぜなら若者を始め、ナイトメアの人間のほとんどが『赤鬼』の想い人の姿を見た事がなかったからだ。


知ってる者は知っている、その本名や容姿についての情報を。

だがこれを機に『赤鬼』へ取り入らんと考える者も多く、我先に目当ての人物を見付けようと他者に正しい情報を渡す者などまず居ない。


そうして回る噂には虚偽が混じり、人づてに伝わる情報は正確さを失っていく。

真新しい鼻の傷が再び痛みだすのを感じながら、若者は覚悟していた。


例え知らなかったとは言え、間違えてしまったのは自分。

若者は『赤鬼』から怒りの拳が飛んでくる事に覚悟しながら、その恐怖に身体(カラダ)を小刻みに震えさせたのだった。




「……」



そんな若者の一方で。


ジッと眠る少女の顔を見つめる『赤鬼』は、何かを考えるように顎に手を当てた。

そうしてしばらく思案した後(ノチ)、男はニヤリと口角を上げると至極機嫌よさそうに口を開き…




「いや…よくやった、コイツは『マコト』だ。」


「…へ!?」



『赤鬼』の言葉に驚いたのは若者だけではない。

その周りで様子を窺っていた男達も『赤鬼』の台詞に目を見開き、そのざわめきはクラブ中へと広がっていった。


ただチーム幹部の面々だけが、溜め息を吐くやら意味ありげな笑みを浮かべるやらと様々な反応を見せていた。


長い赤髪を揺らし立ち上がった男は、振り向きざま若者の頭を軽く撫でる。

顔を真っ赤にしながら両手で頭を押さえる若者を横目に、『赤鬼』はホール中へと響き渡る大声を上げた。




「祝杯だ野郎共!店の酒全部持って来い!今夜は俺の奢りだ!!」



その言葉を皮切りに、店内のそこかしこから雄叫びが上がる。

男達から『赤鬼』へ口々に祝いの言葉が送られる。


そのまま眠る少女の横にドカリと腰掛けた『赤鬼』は、傍に控えていた幹部の一人に静かに声を掛けたのだった。




「鷹に忍び込ませた奴らはまだいきてるか?」


「ああ、一応情報収集を続けさせてはいるが…」



その言葉に『赤鬼』の口角が上がる。

賑やかさを増した店内を眺めながら、男は再びゆっくりと口を開いたのだった。







綺想曲<カプリッチオ>



―――『赤い悪魔の罠』







「情報<エサ>を撒け、鷹の連中を…『雷神』を誘(オビ)き出すぞ。」



そう言った『赤鬼』の隣で、浴衣姿の少女が小さく身動(ミジロ)ぎ。

長い睫毛が微かに震え、その覚醒を徐々に促していったのだった…。

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