青薔薇荘に夢などない

第三章 青薔薇荘に夢などない /≫


 並んで往来を闊歩しながらおいなりさんを咀嚼していると、非常に虚しくなってきた。


 誰が好きとか彼が好きとか、そういうのは横に置いておこう。どうせあと半世紀も生きれば、老けた顔を見合わせて笑い話に出来る時が来る。けれど仙内さんにはもしかしたらあと半年すら残されていなくて、どころか、今まさに、消えてしまうかもしれないのだ。


 私は、仙内さんを失いたくないんです。それだけは嫌なんです。だから、そのために、きちんとしようと思った。もう彼女に頼ってしまうことがないように。自分のこと、どうにかして、何とか大人になりたいと思った。


 これは、情けなくてみっともなくて恥ずかしい私の我儘です。どうかいなくならないでください。お願いです。私の目の前で傷ついて、そのままいなくならないでください。


「本多さん」


「なんですか」


「僕たちは青薔薇荘に向かっているのかな」


「多分そうです」


 仙内さんには、青薔薇荘以外にもいろんな場所がある。親が暮らしている家や、通っていた学校だっておそらくある。アイスクリームが美味しいカフェとか、実はまだ病院の中の、小児科病棟に隠れているのかもしれない。でも私たちは何も打ちあわせていないのに、二人して青薔薇荘に急いでいた。


「徒労なら徒労でいいんです。けど、仙内さんがもし青薔薇荘のどこかにいるんだとしたら、それを見つけられるのは私達しかいない」


「当てがあるんですね」


 実はあった。仙内さんが折り紙を教わった人物が、今青薔薇荘に住んでいる。


「綿湖さんの荷物の中に折り紙を入れましたか」


「……僕は入れていない。それを、仙内さんが?」


「だと思います」


 私達は体力がある方ではないので、歩くというよりほぼ走りながらながらたどり着くまでに交わした会話はそれくらいだった。道すがら、仙内さんを見つけられればと思ってそうしたのだけれど、彼女の無事な姿はなく、そうでない姿も、幸いなことに見つかることはなかった。


 雲が厚くなってきていた。青薔薇荘の庭一面に広がる薔薇の花たちが、暗い色をしていた。

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