雲が描いた月明かり 虹

開いてしまった扉

御典医に脈診される憔悴しきったヨンをチャン内官が側らで心配そうに見守っていた。
「世子様、眠りが浅いという事なので不眠症に効くお薬をご用意致します」
脈診を終え御典医は頭を下げる。
「……とても息苦しく胸が痛み、突然顔が火照ったり幻がチラつくのは…何が原因だ?」
ヨンは自らの妙な症状を訴えた。
「…私の見解を申し上げます、世子様のご健康に問題は御座いません」
「どこも悪くないと?」
「はい…しかし、その様な症状をお感じになるのは…」
「?」
「つまり…それは…」
御典医は言ってよいものか悩んでいるようだった。
ーそんなに言いにくい事なのか?ー
「構わぬ、遠慮はいらん申してみよ!」
この苦しみが消えるならばとヨンは先を促した。
「……それと似た症状を“東医宝鑑”では寡婦や尼僧の病と称しております」
「寡婦や…尼僧の病?」
ー女人が罹る病?ー
「はい、恐れながら申し上げます、つまり…陰と陽が調和するのが…性の本質です」
「………?」
御典医の言おうとしている事が分からなくてヨンは眉をひそめる。
「…分かり易く言いますと…決して想ってはいけない相手に恋い焦がれ…その心労が重なると…」
「ヒック!」
「っびっくりした…」
衝撃の診断結果にチャン内官は驚きすぎてシャックリが止まらなくなり御典医はそのシャックリに驚く。
ー決して想ってはいけない相手…ー
ヨンの脳裏にサムノムの顔が浮かぶ。
「け、けしからん! 口を慎め! 今すぐ出て行け! チャン内官お前もだ!!」
堪らず皆を部屋から追い出した。
突き付けられた事実にヨンは戸惑い動揺していた。
自分のこの不可解な感情が“恋”だなんて。
そんな事あるはずがないと否定しても、姿を見たくて、声を聞きたくて、触れたい。
会いたくて堪らない。
ーこれが…恋なのか?ー
「いや…何かの間違いだっ」
そんなもの認めるわけにはいかない。
親しくしすぎたせいで自分は何か勘違いをしているに違いない。
このまま距離を置けばこの妙な勘違いもなくなるはずだ。
「絶対違う!」
机に突っ伏し深く重い溜息を吐く。
ヨンは御典医に診察させた事を後悔していた。
ー結局、苦しさが増しただけではないか!ー

サムノムがしっかり朝食を食べたのを見届けてから東宮殿に出向いたビョンヨンは御典医から何やら薬の包みを受け取るチャン内官を見つけた。
御典医を見送りチャン内官に近付く。
「世子様に何か?」
「ああ…これは不眠症の薬だ」
ー不眠症か…ー
「今は世子様に近付かん方がいい、御典医め、とんでもない診断をしおって!」
「とんでもない診断?」
「世子様が恋患いをなさっていると言いおったのだ」
「恋患い…ですか」
「決して想ってはいけない相手など一体誰だと言うんだ?」
「消えた踊り子…」
ビョンヨンの呟きにチャン内官は手を叩いた。
「そうか! それなら有り得るな…この世の者とは思えないくらいの美しさだった故、世子様が一目惚れしてもおかしくはないが…あれだけ探して見つからなかったのだ、これ以上探しようがない」
溜息をつくチャン内官を横目にビョンヨンは昨日の自分の推理はあながち間違っていなかったのかと眉根を寄せる。
本当にサムノムにはどうしようもない事が原因なら
東宮殿には戻れないかもしれない。
泣いていたサムノムを思いビョンヨンもまた、溜息をついた。

その頃
内班院では使いを頼まれたサムノムがソンヨルとト・ギの2人と立ち話をしていた。
「王殿に遣わされて今日で4日目か、まだ東宮殿には戻らないのか?」
「東宮殿にはチャン内官がいるから問題ないさ」
ソンヨルに言われサムノムは明るく答える。
「じゃあ当分は王殿か、あそこはいつでも人手不足だからな」
「うん、じゃ、俺は先に戻るよ」
2人に手を振りサムノムは内班院を出る。
その3人の会話を秘かにマ内官が聞いていた。
ーあいつは今、王殿にいるのか…ー
マ内官は好機が訪れたと思った。
東宮殿を離れた今こそあのカードを使う時だ。
なんとしても清の使臣に会わなければ。
内班院を出るとマ内官は太平館に向かった。

「私に直接会いたいと騒いだそうだが、何故だ」
問われてマ内官は両膝をつき深く頭を下げた。
「お詫び申し上げます、ご無礼は承知でしたが太監が手に入れたがっている“もの”を…この私だけが進呈出来るからです」
「私が手に入れたがっている“もの”?」
「はい、聞けば必ずやご興味が涌くはずです」
「……申してみよ」
「“例の踊り子”といえばお分かりになるかと…」
モク太監の目の色が変わる。
「そなた…行方を知っていると申すのか?!」
「……お望みとあらば、今宵お連れ致します」
「ふ…ふふふ、よかろう誠私の前にあの踊り子を連れてこれたなら…それ相応の褒美を遣わそう」
「お任せ下さい」
笑みを浮かべ、マ内官は再び深く頭を下げた。

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