雲が描いた月明かり 虹

楕円の壁の内側で…

隊列が止まりヨンは手に持っていた弓を投げ捨てると大股でモク太監の乗る輿に近付いた。
が、モク太監は大勢の兵士や見物に来ている民がいる事もあり余裕の笑みを浮かべてヨンを見る。
「これはこれは、世子様にお見送りいただけるとは誠に光栄ですな(笑)」
「そうか、喜んでくれて嬉しいぞ」
言いながらヨンは白刀をすらりと抜いてモク太監に突き付けた。
モク太監は黙って切っ先に目を落とし再びヨンを見る。
「もう十分だろう、東宮殿の内官は置いていけ」
しかし、モク太監はヨンの向こうに目をやるとニヤリと笑った。

「これはなんたる醜態ですか!」

ー来たか…ー
背後から響いた声にヨンは心の内で気を引き締め、顔には心底嫌そうな表情を浮かべ振り返り領議政を見る。
「一国の使臣をお見送りする場です、内官1人のために剣を抜いたのですか!」
「そうだ、私は“1度も奪われた事がない”故に腹が立った」
“母は病死ではない”
最愛の母を奪われた事をわざと皮肉るヨンにしかし、領議政は表情を変えずヨンを見据えた。
「………」
ーこの程度の揺さぶりではボロは出さぬか…ー
ヨンは使臣に向き直った。
「今すぐ東宮殿の内官を解放せよ!」
「何故…目の前の1人の民しかお考えにならないのですか! 分別のない君主のせいで不安に怯える大勢の民をお考え下さい!」
「……っ」
ー“分別のない君主”と言ったか領議政…!ー
ギリッと奥歯を噛み、父を侮辱する言葉に耐えながら薄らと笑みを浮かべて領議政を見る。
「“不安に怯える民”は領議政殿にとって“最大の武器”だ」
「………」
「己の欲望を満たす為に“不安に怯える民”を利用し、己が不利になるとその民を盾にして身を隠す…誠“不安に怯える民”とは都合が良いものだな領議政殿(笑)」
「いつまで幼子の様に駄々をこねる気ですかっ 今すぐ剣をお収め下さい!」
「“駄々をこねる”? 私の為にその命までも懸けようとしてくれた大切な臣下を守る事が“私の我が儘”だと?」
「世子様!」

「参ります!」

耳を疑う言葉にヨンは目を見張りサムノムを見た。
サムノムはその目を見つめ返す。
「……清国へ参ります」
「私との約束を忘れたかっ」
サムノムは視界の端に映る領議政に意識だけを向けた。
ーこの方が領議政様…ー
初めて間近で見るその姿は一見すると普通の好々爺に見えた。
だが、先ほど口にした言葉。
“分別のない君主のせいで不安に怯える大勢の民をお考え下さい”
己が仕える主君に対して“分別のない”?
ヨンのユンソンにへの態度にようやく納得がいった。
今も大勢の民がいる前でわざと声を荒げヨンを貶めるような言葉ばかりを並べ立てている。
ーそれに現王妃様は領議政様の娘ー
淑儀や自分に対する冷酷な態度を思い出す。
“政をしているのは領議政”
民に噂が広まるほど。
それは王宮の誰かが民に広めているに他ならない。
この方が例の“輩”なのだ。
ー今も私の事なんて視界にも入ってない…ー
「今後は決して我慢するなと─ それが世子様の為であっても…だから清国へ参ります」
ー何故そうなる…!ー
「でも…世子様は我慢すべきです…“一国の世継ぎ”なのですから」
言ってサムノムは微笑んだ。
「世子様は使臣に粗相をした私を助ける為に力を尽くして下さいました。私は…それだけで十分です」
ヨンはダメだと言うように小さく頭を振る。
「これからは私ではない多くの民にその優しさをお分け下さい」
「目の前の大切な友すら救えぬ私に多くの民を守れると思うのか!」
「世子様ならできます!」
「──っ」
「王様の偉大さと世子様の凄さは私が誰よりも存じています」
ヨンの目に涙が滲む。
ーお前は…こんな時にまでっー
その時、親衛隊がヨンとサムノムの間に割って入り隊長がヨンに刀を突き付け遮った。
ヨンが隊長を睨む。
「退かぬかっ」
「これは王命です、剣をお渡しに」
ー引き延ばせるのはここまでかー
ヨンはサムノムを見つめた。
清国に連れて行かれたらどんな扱いを受けるか承知の上で、それでも父や自分の名誉を守ろうとする目の前の小さな友を愛さずにいられようか。
その時、視界の端にビョンヨンの姿を捉えた。
拳を握り涙ぐむヨンを見て領議政は無表情で腰巾着の2人は微かな嘲笑を浮かべる。

カシャンッ

ビョンヨンが軽く頷いたのを見てヨンは剣を手放した。
ようやく諦めたヨンにサムノムの目にも涙が滲む。
「出せ」
モク太監の合図と共に再び隊列が動き出した。
サムノムは兵士に押されながらもヨンに頭を下げる。
ーどうかお元気で……世子様ー
ヨンはすれ違うサムノムを振り返らずただ前を見据えていた。
「世子様を東宮殿にお連れしろ」
領議政に言われ親衛隊がヨンの白刀を拾うとそれを奪い取り鞘に収めたヨンは無言で東宮殿に向かって歩き出した。
「見ましたか? 世子のあの顔(笑)」
「シッ」
領議政が吏書判書を黙らせた。
ー所詮は青二才の浅知恵か…ー
まだまだ己の敵ではない。
領議政はすでにこの件に興味を無くし次の計画を実行に移すのだった。

0
  • しおりをはさむ
  • 1210
  • 151
/ 122ページ
このページを編集する