雲が描いた月明かり 虹

脳の誤作動と心の誤作動

ヨンがサムノムの頭をポンと叩くとサムノムはビクッと肩をすくめた。
その様子を見てヨンはため息をつく。
「今日はもうよい。資泫堂に帰れ」
「……え?」
「今のその状態で仕事など無理だろう?」
「いえ…あの…」
-新入りの内官が何の仕事もしないなんて…-
「命令だ! 今日はもう帰って休め!」
「は、はい!」
命令だと言われて頭を下げる。
「………」
まさかここまで畏縮するとは思わなかった。
-以前のような関係には、もう戻れないのか…-
サムノムの目を見られない事が悲しかった。
もう、昨日までの様に笑顔を向けてくれる事はないのかと思うと、身分を明かした事を既に後悔していた。
ヨンが立ち上がるとサムノムもようやく体を起こす。
「それでは失礼いたします…」
サムノムは頭を下げて書庫を出て行った。
ヨンとは1度も目を合わせないまま。
それを見送り書庫内の椅子に腰掛ける。
「はぁ……」
大きなため息が出た。
世子などではなく、普通にどこぞの若様ならよかったのに…。
そうすればサムノムとずっと友のままでいられたのに…。
時間を巻き戻したい…。

サムノムは真っ直ぐ資泫堂には帰らず、ユンソンに教えて貰った松林の1番大きな松の木の根元に座り込んでいた。
“辛い事があった時にはここで休め”
そう言ってくれたユンソンを思い出す。
-キム様に相談したいけど、あの人が普段どこで何をしてるかとかしらないし…-
膝を抱えて蹲る。
-どうしよう…私、今まで花若…違った世子様にどんな事をしてきたっけ……-
昨日は世子に料理などさせてしまった。
しかも、“働かざる者食うべからず”とか!
政なんて大仕事をしている人に向かって偉そうに!
“手のかかる弟”なんて事も言ってしまった。
「世子様に弟って…!」
そうだ…“遊び人”とも言った。
「ムッとしてた…」
おでこも叩いたし、足蹴にもした、指に噛み付きもした。
「!!」
物凄い事を思い出した。
-私………世子様と一緒の布団で……寝たの…?-
恥ずかしすぎて穴があったら入りたい!
「穴………そうだ……穴……」
-穴に落として置き去りにしたんだ……-
“こやつ! 私を誰と心得る!!”
そう言ったヨンを思い出す。
「…世子様でした! う~~~すいません! 知らなかったんです!!!」
足をジタバタさせて頭を抱え込む。
そうして長い間蹲っていた。
「お前、こんな所で何をしてるんだ?」
不意にかけられた声に顔を上げるとビョンヨンが立っていた。
「キム兄貴…!」
ウルルときたが昨日のヨンの言葉を思い出す。
“世子様の命で宮中を出ている”
確かにヨンはそう言っていた。
ギロッとビョンヨンを睨む。
「な、何だ?」
物凄い顔で睨まれて、ちょっとたじろぐビョンヨン。
「キム兄貴は全部知ってたんですね?!」
「? 何をだ?」
「は、花若様が…花若様が…」
言いかけてビョンヨンを責めても仕方ないと思い直す。
-ああ、とうとう明かしたのか-
「……う……」
サムノムの行き場を失った感情は涙となってボロボロとこぼれ落ちた。
-もう…どうしていいか…わからない…-
泣き出したサムノムを見てギョッとするビョンヨン。
「な、泣くな!」
「これが泣かずにいられますか!!」
「………まぁ…それもそうか…」
言い返されて思わず納得する。
「あんまりです…キム兄貴…!」
そして、サムノムはまた膝に顔を埋めた。
「………」
そんなサムノムにビョンヨンはため息をつく。
「あの方が世子様だと気付く要素はたくさんあっただろう、寧ろ今まで気付かないお前がおかしいんだ」
「だって…誰が思います?! こんな宮中に上がったばかりの者を構い倒す人が世子様だなんて…!!」
“構い倒す”という言葉が言い得て妙で思わず吹き出したビョンヨンをサムノムは睨む。
「笑い事じゃありませんよ…(怒)」
「……」
ビョンヨンはサムノムの二の腕を掴んだ。
「とにかく、もう暗くなるから部屋に戻れ」
「……はい」
サムノムを資泫堂まで送るとすぐに出て行こうとするビョンヨンを呼び止める。
「キム兄貴! どこへ?!」
「俺は世子様の命で出ていたんだ、報告に行くに決まってるだろ」
「あ…そっか…いってらっしゃい」
本当は戻ってすぐにでも報告に行かなきゃならなかったのに自分に付き合ってくれていたビョンヨンの優しさに嬉しくなる。
「やっぱり優しいなぁキム兄貴は…」
呟きながら、一人きりの資泫堂を見渡す。
昨日一緒にローピンを食べた花若様はもういないのだと思い、込み上げる寂しさにまた膝を抱えて蹲った。

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