雲が描いた月明かり 虹

檸檬の月からこぼれた雫

「サムノムは……“私の人”だ」
「「?!」」
ユンソンとサムノムは驚き目を見開く。
しかしヨンには微塵の迷いもなかった。
“私の人”
この言葉が今の自分の気持ちを表すのに最も相応しいと思ったからだ。
サムノムは呆然とヨンを見る。
ー今……なんて…ー
ユンソンは内心唇を噛んだ。
まさかここまで直球でくるとは思わなかった。
やはりサムノムが女人だと気付いているのだろうか。
それでも“それ”が譲る理由にならないのは同じ事。
「ええ、そうです“東宮殿”の人間です」
あくまで職務上での関係に過ぎないと冷静に切り返す。
挑戦的なユンソンに、しかしヨンも譲る気は一切ない。
「そうだ、故に…“下がれ”」
“世子”に対してどこまで楯突けるかやってみろと言わんばかりだ。
身分を楯にされればいくら領議政の孫と云えど所詮は“礼曹正郎”引き下がらざるを得ない。
ユンソンは初めて自分が“イ氏”ではなく“キム氏”であることを悔しく思った。
「……許せないのは…ホン内官を連れて行くのが私だからで?」
ヨンは渇いた笑いを洩らす。
「己惚れた事を抜かすな」
「ならば…何故ですか?」
「………」
それはヨンにも分からなかった。
ただ、ユンソンだからという訳ではないのは分かっている。
相手が誰であれサムノムが自分以外の誰かを選ぶという事が許せないのだ。
この独占欲は“友”としてなのか、それとも…
「キム様!」
「「「?!」」」
3人は声のした方に同時に顔を向ける。
そこには街の妓楼の妓生が2人立っていた。
「まぁ嬉しい♡ キム様♪」
名を呼ばれたユンソンはその妓生を見て顔を顰めた。
ーなんて間の悪い…!ー
片方は1度だけ絵を描いた事のある妓生だった。
「雲従街の有名人もいるわ、ね、サムノム♡」
「……」
1度店に恋愛相談に来た妓生だ。
2人は側まで来るとユンソンとサムノムの腕に自らの腕を絡めてくる。
ヨンは妓生の口振りからサムノムも妓楼通いをしていたのかと心底驚いていた。
「男だけで何をしているのです? 一緒に遊びましょうよ♪」
甘い声を出し誘う妓生。
「やめよ! 2人は向こうに行っていろ!」
ユンソンは腕を振りほどき苦々しく溜息をつく。
こんな所をサムノムにだけは見られたくなかった。
「キム様たっら歓迎して下さらないのですか?」
サムノムは自分をジッと見ているヨンが何を考えているのかを考えるのが怖くて、早くこの場をなんとかしたいと思い、深く考えず妓生の誘いに乗る事にした。
「い、いいですね!」
ー何?!ー
ーえ? ホン内官?!ー
サムノムは妓生の腰を抱いて引き寄せる。
「今宵は皆で楽しく遊びましょう!」
ー…女人のそなたが妓生と何をして遊ぶと?ー
ユンソンはそもそもサムノムが妓生と顔見知りなのにも驚いていた。
ーそうだな…何を驚いている、こやつは男だ…忘れたのかー
ヨンは男同士で男を取り合いしている今の状況に自身に呆れ、再び渇いた笑いを洩らす。
「やぁだ♡ 見かけと違って男らしいじゃないサムノム♡」
「ははは!」
妓生と遊ぼうとしている者が例の踊り子、即ち女人であるはずがないとヨンにそう思って貰いたくてサムノムは引き攣りつつも必死で笑っていると
「行くがよい」
冷ややかな声にドキッとしてヨンを見る。
「え?」
「私は遠慮する、さっさと行け」
そう言うと背を向けて帰ってしまった。
「…!」
ヨンを傷付けた。
何故かそう思った。
そして何か大きな間違いを犯してしまった気がして胸がギュッと締め付けられる。
ユンソンは切なげにヨンを見送るサムノムの様子に自身もまた傷付き胸を痛めた。

同時刻
ビョンヨンはとある高官の屋敷の蔵に押し入っていた。
見張りの私兵を殺め、蔵を漁りようやく目当ての物を見つけた時、新たな私兵の足音に白い仮面を着けた顔を上げた。
急いで蔵を出ると私兵がすぐそこまで迫っている。
さすがは領議政の側近 吏書判書の屋敷だ。
私兵の数が先の2件の屋敷の比ではない。
それだけ資金源が豊富だという証拠だ。
この数を相手に1人では戦えない。
「あそこだ! 盗賊がいたぞ! 逃がすな追え!」
ビョンヨンは後退り、逃走した。

「…興を削がれた、悪いが今日は止めておくよ」
サムノムに言われ妓生たちは渋々帰って行く。
「ホン内官…」
「約束ですから、行きましょうキム様」
「………」
無理に微笑んで歩き出したサムノムに、それでもユンソンはポジティブ思考でヨンよりも自分を選んでくれたのだと思う事にしたが、先程の妓生とは別に何の関係もないのだという事を説明しなければと思った。
実際、絵しか描いてないのだ。
「……その…変な誤解はしていないな?」
サムノムがユンソンを見る。
「私が品行方正なのは分かっているだろう? うん、まぁ、心配はしておらぬが…」
言いながらサムノムを見る。
目が合うとサムノムはニッコリと笑った。
「ええ、ご心配無用です(笑)」
その笑顔の意味を良い方に捉え、少しホッとしたユンソンは、その後に続いたサムノムの言葉に凍りついた。




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