妙齢の女性は、長年連れ添っているであろう男性と
仄暗い雨中にドライブへ……。

彼女は独り過去の想い出を振り返る様に語り続けるが……。

微かな雨粒が車体を訥々とノックする様に降り始める中、

霧に煙る信号の点滅が青へと変わった。


アクセルは力強く踏み込まれ、自動車は

黒くそぼ濡れる舗道を滑らかに加速して行く。


「想い出すわね、あの日々を……」


助手席の女は横顔を向けた侭、独り言の様に呟いた。

丸で相手の返事等が無くとも構わず、追想へ耽るかの様に。


そして車中、ウィンドウ越しに通り過ぎる

市街の逐一を指し、時には子供の様な無邪気さで彼女は述懐する。


「あの映画館には行ったわね。今でも昨日の様に覚えているわ。

貴方と初めてデートした夜の事を」


そんな風にカフェやデパート、遊園地等の施設を

通り掛かる度、彼女は二人で築き上げた出来事を回想して行く。


そして追憶のドライブが佳境を迎える頃合いだった。

前車が近付いた事で車体はブレーキを掛け、小刻みに前後運動を繰り返す。


停止の際は一度にペダルを踏み切れず、制動力を数回に分けてしまう挙動が

男の癖だった。


「変わらないわね、その癖は……」

女は苛む様な口調では無く、寧ろ相手の不完全さに一層の

愛おしさを覚えるかの様に沁み沁みと語る。


「そう、一度染み付いた癖は簡単に抜けはしないものよ。

私の愛が、物言わなくなった貴方に対しても永遠に変わらない様に……」


その台詞を最後に彼女も押し黙り、

程無くして目的地へ到着した自動車は完全に停止する。


車内から眼前に広がる光景は他人の気配も丸で感じられず、

陰鬱な雨に包まれる寂寞とした墓地だった。


そして今迄二人の想い出に纏わるヒット曲メドレーを蕭条に流していた

カーラジオが、不意に喜々とした調子のニュースに切り替わってしまう。

しかし女はそれを聞き流す事も、スイッチ類へ手を伸ばす事も出来ない。


「……運転パターンを学習する自動運転車が普及し始めています。 


この最新技術は手動運転時に於けるドライバーの細かな癖を

人工知能が記録し、蓄積したデータを自動運転時に反映する事が可能です。


現在では無人運転が主流ですが、日常的な乗車体験と懸け離れ過ぎれば

乗員は不安を抱いてしまう。


自動運転は単なる機械の代行では無く、加減速のタイミングや

カーブ時の位置取り等、乗員の感覚に挙動を合わせる必要が在ります。


この再現技術が導入される事で、ユーザーは違和感無く

人間的な操作へ身を任せられる様になり……」


女は初めて首を振り向いて運転席を見遣り、

憂いを帯びた瞳で何時迄も眺め続ける。


今ではハンドルを握る者が誰も居ない、無人の運転席を―。