狼の花園〈完〉【修正版】

花音の居場所 /揺れる想い



長屋を出た殿は、簪や櫛を売る小間物屋を目指して歩き出していた。
花音は小走りで追い掛け、尋ねる。


「殿…じゃない、仁兵衛様!どこに行くんですか?」


「櫛を買いに行く。お雪の言葉は もっともだからな。」


「えっ!?
そんな…私は櫛なんて いりませんよ…!」


追い付いた花音は殿の袖を掴んで首を振った。殿は足を止めて振り返る。

花音は殿の顔を見つめて言った。


「鈴蘭さんが言ってました。忍を雇うから、しばらく贅沢禁止だって。

それに…今日、仁兵衛様と一緒にいて思ったんですけど、
仁兵衛様が町の人の為に使うお金って、もしかして奥座敷の費用から出してるんじゃないですか?」


その言葉に、殿は目を見開いた。


「…どうしてそれを…!」


「え、なんとなく…そうかなって思って。
…今の反応で確信しましたけど。」


目を伏せた花音がそう言うと、殿はこめかみに手を当てて溜め息をつく。


「確かに、仁兵衛として必要な経費は奥座敷から出している。

城の中で俺が仁兵衛だと知っているのは、奥座敷の者と筆頭家老だけ。
表の金を使えば、他の者に気付かれるかもしれないからな。

その上、忍達を雇い入れたのだから、鈴蘭が無駄遣いするなと言うのも頷ける。

…とはいえ、櫛くらい買えるぞ。」


そんな殿に花音は首を振った。


「いらないです。…私は、殿様の妻なんでしょう?

だったら櫛なんていりませんから、その分 殿様の役に立たせてください。

殿様でも仁兵衛様でも、殿様がすごい人だって分かりました。
だから私も、力になりたいんです!」


「…気持ちは嬉しいが、俺はそんな大した奴ではない。

城の者が作事の入札に不正を働いている事を知りながらも、それを止める事が出来ないのだからな。」


哀しそうに目を伏せる殿。花音はその腕に触れ、首を振って言う。


「でも、その分 仁兵衛様として、やれる事をやってるじゃないですか!」


「そうする事しか出来ないだけだ。
俺の父は、不正を認める代わりに家老や役人達の不満を抑えていた。

俺はそれを認めたくないが、父がいない今、代々従ってきた家老達をまとめる力は無い。

俺が城の事を筆頭家老に任せているのは その為だ。俺に力が無いから、藩主としての素質が無いから、そうせざるを得ないだけ。

入札の不正が無くならないのは、俺が…無力だからだ…!」

 

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