狼の花園 FAN 巻の弐〈全編完結〉

続編 小話【二度目の冬の章】 /酉の市



旧暦の11月。
江戸に吹く風は乾いているが冷たく、強い。

そんな空っ風の おかげで しっかりと乾いた洗濯物を取り込み、花音は縁側で一息ついていた。

皆 出掛けていて、屋敷には花音1人だけだ。


(静かだなぁ…。
ちょっと休んだら、洗濯物畳んで、着物を縫って…)


座って そんな事を考えていたら、胎動を感じた。

自分のお腹の中で、赤ちゃんが動く感覚。


(新しい命が…私と信輝様の子供が、ここにいるんだなぁ…)


それを強く感じて、花音は 微笑んだ。

お腹の 膨らみは大きくなり、身体が重くなった。

そのぶん疲れやすくもなったが、幸せも感じている。


(…さて…信輝様が帰ってくる前に終わらせたいな。

今日は少し遅くなるって言ってたけど、早く終わってる方がいいもんね!

あ…でも ちょっと お腹すいたな…今日の晩御飯なんだろ?)


そんな事を考えながら洗濯物を畳んでいると、


「ただいま〜!
今日は一段と風が強くて、市場で籠が飛ばされてたよ。

姫ちゃん、お腹冷やしてない?大丈夫?」


と言いながら、清白が帰ってきた。

その手には、大きな竹製の熊手と、何やら植物で括られた大きな芋。


「今日は酉の市(とりのいち)だったからね、買ってきちゃった!」


それを聞いた花音は納得し、頷いた。


「あぁ、今日は酉の日だったんですね!」


毎年11月の酉の日に、鷲(おおとり)神社で開催されるのが酉の市だ。

多くの露店が出て、福をかき集めるという縁起物として熊手が売られている。

江戸の あちこちに鷲神社があり、それぞれで酉の市が開かれているが、
中でも浅草の鷲神社は、吉原帰りの客で江戸一番の賑わいだった。


「去年は信輝様と一緒に行って、熊手も買ったんですけど、今年は酉の市の話も出ませんでした。

信輝様も忘れちゃってたのかな?」


そう言って花音が首を傾げると、清白は笑って言う。


「身重の姫ちゃんを、人混みの中で歩かせたくなかったのかもしれないね。

ま、子の事で頭がいっぱいで、酉の市なんて忘れてるかもしれないけど。」


それを聞き、花音はクスッと笑った。

『家内安全』と書かれた札と稲穂の飾られた熊手を掲げ、清白は尋ねる。


「安産も家内安全に含まれるかなぁ?そう思って買ってきたんだけど。」

 

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