溜め息 第一部【完】

第五章 /溜め息十ニ









26日の朝は、冗談抜きで僕の人生で一番幸せに満ちた物だった。




「いーく、起きて。」



耳元で僕の名前を必死に呼ぶ可愛い声と。

腕の中で必死に僕の身体を揺するか弱い力。




「郁、起きて。郁。」




本当はもう結構前から起きてたりするんだけど、まだ彼女の可愛い声を聴いていたくて瞼を伏せたまま寝たふりを続ける。




「もう。郁ってば、起きてよ。」




あ、流石にそろそろ目を開けないといけないかもしれない。


少し悲しそうな声色に変わっただけで、僕の胸がチクリと痛む。




意地悪をし過ぎてしまったや。

別に彼女を悲しませたかったわけじゃないんだ。




慌てて瞼を持ち上げて、開けた僕の視界を独占する腕の中の可憐な恋人を瞳に閉じ込めた。




「おはよう、憂李。」

「…眠ったフリしてたでしょ。」

「ふふっ、だって僕を必死に起こす憂李が可愛かったから。」

「もう、郁の意地悪。」




ちょっと、怒った顔すら可愛いんだけど。


膨らんでいる相手の頬を指先で優しく突いても、中々機嫌を戻してくれないらしい憂李は涙目で僕を睨みつけた。


そんなに可愛い視線を向けたって、僕の胸が高鳴って興奮するだけだ。全くもって逆効果だ。




「ごめんね、意地悪をするつもりはなかったの。」

「じゃあ…ぎゅって強く抱き締めて?」

「そういうの、誘ってるようにしか聞こえないよ?」

「……誘ってるんだもん。」




ペロリ



僕の唇を舌で舐めた憂李が、ニヒルな笑みをぶら下げている。


一瞬、何が起こったのか分からず呆気に取られていた僕だけれど、すぐに頬に熱が集中した。



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