溜め息 第一部【完】

第七章 /溜め息十九









カウンターに頬杖を突いている僕の視線は、キッチンに立って食材を切っている憂李に釘付けだった。



長くて手入れの行き届いた黒髪を高い位置にまとめて結い上げ、黒色のエプロンを身に纏った相手の新しい一面に、鼓動はずっと大きく弾んでいる。




「大丈夫?包丁で手とか切ったりしない?平気?」

「もう!郁ったら私が全然料理できないと思ってるでしょう。」





頬をぷっくりと膨らませて抗議する姿一つ取っても可憐で、愛おしいから困るよね。


緩んでいく頬も口許も、止める術がまるでない。





「料理くらいするもん。」

「ごめんね、怒らないで。」





そっぽを向いてしまった彼女に放たれる、ドロドロに甘い僕の声色。




何だか、まるで夫婦になったみたい。


成瀬憂李にすっかり溺れ切っている僕の脳は、この期に及んでまでそんな甘ったるくて乙女のような事を考えてしまう。


こっちを見てくれない彼女のご機嫌を最優先に取らなくちゃいけないはずなのに、二人っきりの空間にすっかり恍惚としてしまっていて上手に気が回らない。





「ゆーり、怒んないで。」

「怒ってない。」

「憂李の料理楽しみにしてるのに、食べさせてくんないの?」





キッチンに足を踏み入れた僕は、華奢な憂李の背中ごと包み込んだ。








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