愛を、もう一度 【前編】

愛を、もう一度 /1991年






――1991年6月20日



“…岩波先輩のことが…あったから?”
陽子のその言葉に“…そうだよ”と私が返事をすると、陽子が次の言葉を飲み込んだ喉の音が聞こえた。

わかってはいたものの、その答えを言われてしまったらもう何も言えない、といったところだろう。
正直、何とでも誤魔化すことは出来た。
でも、それ以上引き留めてほしくなくて、もう私と関わってほしくなくて、陽子が何も言えなくなるのがわかっていたけど伝えた。


「辞めて…どうするの?」

『…働くよ。もう面接もした』

「どこで?」

『…はぁっ……それ、陽子に言ってどうするの?』

「だって!夜の……お店とかだったら…心配だから」

『…夜の店だけど』

「っ!!」


陽子の大きな目が零れ落ちそうなほど見開かれる。
でも現実問題そうなる。中卒でまともな給料をもらえる場所なんて夜の世界しかない。


『大丈夫…風俗でもキャバクラでもないから』

「…ぁ…良かったぁ」


父の弟である叔父のツテでバーテンダー見習いとして働かせてもらうことになっていた。バーテンダーがどんな仕事かもわからないけど、叔父が“お前は立っているだけで様(さま)になる”と言うものだから、素直にその助言を受け入れることにした。

時給1500円で18時から0時まで。20日間働けば18万円は稼げる。
風俗やキャバクラ以外で中卒の女が18万も稼げる仕事なんてそうそうない。
そこまでお金が必要なわけでもなかったけど、責任のある仕事がしたかった。中途半端に“バイト”感覚で仕事をするつもりはなかったから。

家庭の事情とは関係なく、自分の意思で、自分のわがままで社会で働くことを決めたのだから。
働く日数も給料もそれなりにもらえることで、責任感というもの背負いたかった。

そんな私の身勝手に父も叔父もすんなりと受け入れてくれて、父にもすぐに仕事を紹介してくれた叔父にも感謝の気持ちしかない。

0
  • しおりをはさむ
  • 75
  • 5781
/ 471ページ
このページを編集する