愛を、もう一度 【前編】

愛を、もう一度 /2016年



――2016年3月25日



「母さん。もう父さんと別れていいよ」


専門学校を卒業して東京での就職が決まり、今日から東京での生活が始まる息子。
出発ゲートの前で、私を振り返ってそう言った。

すっと目を細めて優しく笑うその顔とは相反する言葉に、私は時間が止まったかのように体の全ての機能が動かなくなった。


『……なに…言ってるの』


平常心を装うとするけど、バッグを持つ手が小さく震える。やっと出た言葉は、振り絞ったせいで途切れ途切れだ。人の気持ちに敏感な息子の前では意味のない取り繕いだった。


「父さんに昨日言われたんだ」

『…えっ…』


自分は見送りはいいと言って、車で待機している彼。
これから社会人になる息子と会えるのは当分先になるのに、どうしてだろうと思っていた。


「もしかしたら3人で会うのはこれが最後かもしれないって」

『…っ…(…なんで…そんなこと…)』

「でも、何があっても母さんは悪くないからって。悪いのは自分なんだって…。だから母さんの思いを尊重しようって」

『……(…なに…それ)』


小さいときから大人びた子だった。
手がかからないなんてものじゃない。その場を察する力に長けていて、でもそれがかえってこの子にたくさん気を遣わせているんじゃないかって、我慢させているんじゃないかって何度も思った。

それでも、その優しい無垢な笑顔に何度も救われては勇気をもらっていたのも事実だった。

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