悪魔の母性

第八章 過去(4)



「…好きだ。俺と付き合ってほしい」

 それは、その年の全国中学校演劇大会地区予選が終わった日の出来事だった。

 去年に引き続き最優秀制作賞は受賞したものの、惜しくも全国行きを逃してしまい、室谷誠太郎を含む三年生部員はここで引退を迎える事になった。

 相当の自信を持って挑んだ作品だった。皆で力を合わせて、あまり多いとはいえない時間の中で励み、全力を振り注いだ。

 それでも超えられない壁は確かにあるようで、彼らの視線の先では今年も最優秀脚本賞と優勝をダブル受賞した池浦達が輪になって歓喜している。

 美奈子は、悔しさと悲しみが同じ比率で膨れ上がって、先ほどからずっと泣いていた。まるで小さな子供のようにしゃくりあげて泣くので、本来ならば引退する三年生達がそういう立ち位置であるのがふさわしいはずなのに、美奈子は遠慮なく泣き続ける。

「こ、こんな、の…て、ひっく、ない…すよ。せんぱ、たち…すっごく、いい、ひっく…お芝居、だった…のにっ…」

 それに対して、早紀は簡素な衣装を身に纏ったまま、ぐっと唇を噛みしめていた。

 あそこでセリフを少し詰まらせなければ…。舞台の真ん中に寄る際、スポットライトから少し外れてしまわなければ…!

 細かなミスでさえも、大会の中では減点される。主役の妹という大事な役を任されたというのに、自分が足を引っ張った。先輩達の引退の時期を早めてしまったと、早紀は握りしめた両手のこぶしの力をさらに強めた。

 私のミスです。皆さん、本当にごめんなさい…!

 そう言おうと、早紀が口を開きかけた時だった。

「ううっ…!」

 あまりの感情の膨らみに、身体が勝手に動いてしまったのか。美奈子が突然皆の輪から飛び出して、そのまま会場の外へと走り去ってしまった。

 突然の事に、皆の反応が遅れる。もちろん早紀も同じで、驚きのあまりすぐに動けなかった。ただ、一人を除いて。

「皆、帰り支度しといてくれ!俺は石井さんを連れ戻してくる!」

 そう叫ぶや否や、誠太郎が美奈子を追いかけるべく走り出していた。

 皆がバラバラに返事をする中、早紀も心配になって後を追いかける。衣装や人混みのせいでうまく走れず、なかなか追いつけなかったが、やっと会場の裏にいる二人の姿を見つけた時に聞こえてきたのが、先述の言葉だったのである。

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