悪魔の母性

最終章 未来



 その日、いつもよりずっと早い時間に起き出し、新幹線やバスを乗り継いで目的地へと辿り着いた本郷 湊は、もう誰も参らなくなって久しくなった古い墓石の前に立った。

 ここに来るのはあの時以来だから、十五年ぶりとなる。周りの景色はあまり変わっていないというのに、この墓石はあの頃よりさらに傷んでいて、角の所もだいぶ欠けてしまっていた。

「…美奈子さん、久しぶり」

 誰もいない霊園の中、呟くように本郷 湊は墓石に話しかける。その横の面には、比較的新しい文字が入っていて、石井美奈子の名前と享年月日が記されていた。

「ごめん、なかなか来られなくて。たぶん、ビビってたんだと思う。美奈子さんにもう会えないっていう現実に…」

 あの日、十歳の自分にはこんな顛末は想像する事すらできなかった。ただあまりにも幼稚で、浅はかで、情けない限りだった。

 もし、今の自分が十五年前に戻れたら。そして、子供だった自分に会う事ができたら――。何度、そんなムダな事を繰り返し考え続けてきた事だろうか…。

 本郷 湊は、両手いっぱいに抱えていた大きな花束をそのまま墓前の前に寝かせるようにして供えると、静かに両手を併せた。

「映画、完成したからね。ソフトができたら、また持ってくるよ」

 真実をできる限り再現して作り上げた映画『悪魔の母性』。もし、石井美奈子が生きていたら、どのような思いで見てくれるだろうか。

 そして、母の本郷早紀も――。

「今から公開がとても楽しみだよ、美奈子さん」

 両手を併せたまま、本郷 湊は自分の身長より高い墓石を見上げる。

 そんな事あるはずがないと分かっている。だが、まるですぐ目の前に石井美奈子が立っていて、あの頃と全く変わらない笑顔でこちらを見ているような気がして、思わず彼は笑みを返した。

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