月の女神に魅せられて SS 【完】

Our First Love? /measure 6. その奥にあるもの





京ちゃんちを出て、そのまま押し込まれる一輝の部屋。



もしかしたらまだ中にあの美人さんが居るんじゃないかと一瞬頭を過ぎった予想は外れ、シンと静まり返った室内。


そういえば勇んでここまで来たけど、一輝に会ったら何を言うとか、何を聞くとか何も考えてなかった……


それに何を言われるんだろうっていう恐怖心も徐々にせり上がってくる。


だけど、気付けば腕を掴む力も弱まっていて、引き込まれたリビングで


いつものパターンならソファ辺りに投げ出されるかもと身構えたけど


呆気なく腕を解放されて、ソファに沈んだのは一輝だった。




「――ねぇな……」



ドサリと腰を下ろして、悩ましげに溜息を吐いた一輝が何かを小さく呟いたけど、私の耳には届かない。


ソファの背に肘を付いた片手で目元を覆うように頭を抱える一輝は珍しく弱ってるように見えて何だか放っておけず、ゆっくりと近付き、その黒髪にスルリと指を通した。


どっか具合でも悪いんじゃないかと思うくらい――堂々としたいつもの態度は消えていて


いつもが百獣の王なら、今は捨てられた猫みたいに見えるのは気のせいだろうか。


猫の毛並みを撫でる様に、幾度となく髪を梳く動作を繰り返せば、長い指の隙間から覗く黒い瞳が一瞬私を捉えた。

0
  • しおりをはさむ
  • 3835
  • 3904
/ 279ページ
このページを編集する