闇米

毒・やぶ
歴史・時代 5ページ(完結) 8124字 更新日 2019/01/31 読者 140人 公開 0 0

 闇米

「食い物は命じゃ、生きる為の糧を闇で売り買いの何処が悪い。どうせ弱いもんから米巻き上げて、飯屋にでも売り払う算段じゃろ。検事の中に闇米を食わん奴がおったら此処に連れてこいや。したら全員の勾留を認めてやるわ。昨日今日に始まった闇市じゃねえんだ、小遣い欲しさの公安に無理矢理押し付けられた取り締まりと違うんかい。
 昨日まで大日本帝国万歳言うとった特高がじゃ、今日にはアメリカの後押しもろて返り咲いたかと思たら、今度は赤狩りじゃ言うて見境なく気に入らんかった者を殴る蹴る。彼奴等がやっとるのは戦の最中と全く同じじゃ、なーんも変わっとらん。
 やつらに捕まって無傷でここに連れて来られた者がおったか? 臭い物に蓋するしかでけへん特高くずれに乗っ取られてからに、御前等見とるとな、負け犬がマッカーサーに尻尾振っとるようで無性に腹が立ってくるんじゃい。
 最も、そのマッカーサーの御蔭でわしも偉い口きけるようになったんやけどな。
 話戻そか。
 御前、何年検察やっとるんじゃ。
 配給しか食わんでいて、どれだけの者が死んで行った。闇米があるんでわしら生きていけるんじゃろ。二十人のおばちゃんから米取り上げてしもたら、何人が腹すかせたまま一晩過ごさなならん。どれだけの子供が食えんまま飢え死にせなならんか考えてみいや。
 ひもじいんが涙も出ん程辛いのは、御前さんならよう知っとろう。
 小言を言うてんのと違うで、見逃してやってくださいと頼んどるんじゃ。
 ほれ、このとおり頭も下げたるわ。
 これだけ言うても人の頼みよう聞かんで、おばちゃんら捕まえる騒ぐんなら、御前は鬼じゃ。地獄で人の肉食ろてる鬼と同じやぞ。
 闇米に生かしてもろときながら、同じ闇米を食って生き延びようとしてるもんを、逮捕せにゃならん理屈が御前には分かる言うんかい。令状当番のわしに、判事のわしに人殺しの手伝いせえっちゅうんかい。
 他の事なら少しいは融通効かせてやってもいいがの、いくら御前が高校ん時の後輩でも、こればっかりは一歩も譲れんわ。なんぼ法律がそうなっとる言うても、わしがいかん言うたらいかんのじゃ。ボゲ!
 検察なら生きるにイッパイゝのおばちゃん捕まえる前に、やらにゃならんことが山ほどあるじゃろ。本当にとっ捕まえにゃならん奴等がぎょうさんおるやろ。違うか? ここでこんな暇潰ししとらんと、あいつら捕まえて来いや。わしがしっかり御仕置したるから。
 今度つまらんことでわしん所に来たら、容赦なしに御前の死刑判決出したるからな、よう覚えとけや」

 昭和二十六年。
 大阪地検では、このようにわめき散らす声が日常茶飯事に響き渡っていた。
 大阪地検の総てがこういった状態ではない、ただ一人の裁判官周辺に限った現象である。
 戦後の動乱期、大阪地検には逮捕拘留されている者達の間で評判になった我がまま放題の名物判事がいた。 
 この人に当たれば何とかしてもらえると、弁護士以上に頼りにされていた判事「神さん弁護士さんは要らんけど、どうか助けてください弁天様」と唱えられた、弁財天嘉久一である。
 高知の旧制高校から司法の道に進んだこの男、日本全国の地裁を転々とする転勤族で、その地に馴染もうと方言で話すのを心がけているうち、あちこちの訛りが入り混じった独特の口調になっている。
 今は傍若無人に形振りかまわぬ生態だが、生れついてのヤンチャ坊主ではない。
 現代の大都会に少数確認されている亡霊の如き子供ではないにしろ、どんよりと薄暗く起きているのかいないのか、存在感が極めて希薄な少年であった。
 土佐の高知という土地柄、周りが異様に陽気過ぎる子供達であったから、尚更その場にいても行方不明の子で、学校ではよく出欠を取り忘れられる始末。
 弁財天の生家は代々役所勤めを生業として来た武士の家系で、厳格な祖父や父親の影響もあり成績はいつでも群を抜くものだったが、そのことに気付くのは担任になった教師と母親だけであった。
 弁財天家にあって成績が良いのは当然のこと、政府が幕府であった頃から、子供達はどれだけ他者より抜きん出て登り詰められるかを見られながら育って来た。
 現代は職業選択の自由が当然の如き権利とされているが、当時は親が子の仕事を決めるのが一般的考え方でった。
 嘉久一もその例外ではなく、常にどのような職業につくのが宜しいかと議論されていた。
 成績はずば抜けて良いが人見知りな上に話下手で、融通も利かなければ友達付き合いも頗る悪い。
 マイペース以上にスピードを出せないから、周りの空気が読めないマッタリ人間に見られてしまう。
 逆の見方をすれば周囲がどんなに慌てふためいていようとも一向に動じない、鉄の心臓を持った男と言えなくもない。
 こんな性格に適した仕事はないだろうかと探した時、第一候補に挙がったのが裁判官である。

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