捧げ華~濁りの君よ~【完】

拾伍章 君ガ為ニ

車窓に見慣れた風景が移り始めた頃、桜子の胸を猛烈な懐かしさが駆け抜けた。



食材や必需品を買っていた店、女学校帰りに通った道、父が贔屓にしている画材屋。



自動車の窓からそれらを目にする度、懐かしさに胸が詰まった。



しかし、それは自動車を降り、見慣れた道を足早に進むにつれ大きな塊となっていく。



そして見覚えのある垣根を目にし、ほとんど駆け足で門をくぐった瞬間、家の前に立つ人影に桜子は思わず声を上げた。



「父さん!佳世……!」


「桜子……!」



悲鳴のような叫び声と共に重い衝撃を受けた。



「桜子、良かった……!」


「佳世……!」



飛びついてきた佳世を抱き締め返し、桜子は顔を上げる。



すると、今にも泣きそうな顔をした父が静かにやって来るのが見えた。



幾分かやつれた顔に泣き笑いのような表情を浮かべ、桜子を見つめる。



「おかえり……桜子」


「父さん……!」



瞬間、ぶわりと涙が溢れた。



これまでの辛かったことが走馬灯のように頭を駆け巡り、ようやく帰って来られたのだと実感する。



涙腺が壊れたかのように抱き合って泣く桜子と佳世を優しい瞳で見つめ、蓮志郎は続いて門をくぐった人物を見る。



桜子の荷物を持ってやって来たのは、穏やかな顔をした白木。



彼らはふと視線を合わせ、どちらともなく微笑み、頭を下げた。




―――桜子が失踪してから、約一月後の出来事であった。











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