タランチュラ 本編

第2章 /3)貸し切り温泉



 真夜中の開かずの露天風呂。
 空には手を伸ばせば届きそうな星々。
 丸い月の光が春に入ったばかりの肌寒さが少し残る中、白い湯気が温かさを主張していた。

「ねぇ、ちゃんといる?」

 湯船から女の声が聞こえてきた。
 女は髪が濡れるのを気にせず、振り返る。細い白い肩を湯から露出させていた。

「………」

 見張り役をやらされている男は、岩陰でわざと気配を消し、返事を返さなかった。
 2人はしばらく黙っていたが、女が不安になったのか湯から立ち上がった。
 静寂の中、次々と湧いて出る湯だけがその場の音を独占していた。

「…本当にいないの?」

 あまりにも不安そうな女の声に見かねた男は返事を返した。

「いるよ」

 安心したのか、女は安堵の息をもらした。しかしそれはすぐに小さな叫びに変わり、続けて大きな水音になった。

「キャッ?!!」

 慌ててしゃがみこむ女に、岩にもたれ、丸い月を愛しそうに見上げていた男がからかうように言った。

「見てないから安心しろ」

 しばらくの沈黙。

「ブェ…ックシュン」

 しかし、男の大きなクシャミがそれを破った。
 先に風呂に入った男の体は温かさを失い、冷たくなっていた。

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