腹黒お嬢様と天才ハッカー㊦【完】

番外編 /孤独なジュリエット





────ほんの一度だけ、私は自分の猫被りを呪った事がある。








そしてそれは、私がまだ中等部にいた頃の話。







周りの同級生が皆、大人へと変化していく自分の心と体に、戸惑いと喜びを感じ始めた時。

お嬢様もお坊っちゃんも、誰もが大人になった気分に浸り、そしてまだ幼さが残る顔に笑みを浮かべていた。



男子は背が伸び、一気に雄の香りを漂わせ。

そして女子は、そんな異性に胸の高鳴りを覚えてはキラキラとした恋愛を語り合っていた。



だが、私は違った。



私の心は年齢とか思春期とか、そういうの関係なく、大人だった。

今浮かべている微笑みも、仕草も、姿勢も、全て美しく見えるよう計算済みで。

誰がどこからどう見ても、私の姿は「純真無垢の、可憐な美少女」だった。



ファンクラブのメンバーも、いつものようにそんな私を見守っては頬を染め。

そして数人のクラスメイトも、恍惚とした表情で私を見つめていた。



けれど私は、自分が無数の視線を集めていることに気付かない振りをして、本のページを捲る。

シェイクスピアの、ロミオとジュリエット。

有名な、悲愛。



シェイクスピアの文章は独特で、比喩がとてつもなく複雑だ。

けれどその複雑さの中に秘められた彼だけの美しい表現が、読者を虜にさせる。



それはもちろん、私も例外なく





……彼が大嫌いだった。







あーもー!!

どいつもこいつも、月宮世未さんはシェイクスピアが好きそう。とか勝手な事を言うから仕方なくこんな本を読んでやってるだけで。

私はこんな無駄に懲りすぎた文章よりも、単純で伝わりやすい漫画を好きだ!




ていうか、ロミオとジュリエット?は?どこに感動するの?どこで泣くの?




私が唯一泣いたのは、ロミオとジュリエットが、まだ出会って間もないのに駆け落ちを企て、見事失敗し死んじゃった部分だ。



実に愚かな二人である。

敵同士でありながら恋に落ち、そのまま我慢すればいいものを、我慢できず幼稚な作戦を練り、失敗した。


そういう家に産まれてきたのだから、好きな人と結ばれないぐらい理解しておけ。覚悟もしておけ。

家の為に自分の心を犠牲にすることなど、現代でも特別珍しくもなんともない。



ロミオとジュリエットを読むと、この二人が周りのクラスメイトと同レベルに見える。

一人前に大人みたいな顔をしている癖に、実はまだまだ未熟者だ。




と、私はこんなことを心の中で思いながら、さも感動したかのように、大きな瞳に涙を浮かべてみせる。

すると途端に誰かが息を呑み「綺麗……」と呟く声が耳に届いた。



絶世の美少女が、ロミオとジュリエットを読んで泣いている。

さぞ絵になるほど美しいだろう。



たとえその本人が心の中で、作品を盛大にディスっていようと、彼等は気づきもせず見惚れるだろう。





馬鹿ばっかり。

恋だのなんだの言う癖に、結局は見た目しか見ていない。

そんなの、小学生と一緒。もしくは以下。

表面しか見ることの出来ない人間が、なにを大人面して歩いているんだか。




実に嘆かわしい。




私はゆっくりと、優雅な動きで本を閉じた。

そして真っ白なレースのハンカチを取りだし、そっと涙を押さえる。



それにすら小さな歓声が上がるのだから、コイツらは本当に脳ミソが存在しないのだろう。


そして私も、そんな馬鹿共の為にこんな風に猫被って、阿呆みたいだ。



いっそこの猫被りを取って、捨ててしまえば、楽になれるのに。




……けれど、それは叶わぬ夢の中の幻。




私は、家の為に完璧な女を演じ続けなければならない。

だからジュリエットのように逃げたりしない。

婚約者があの変態だとしても、彼と結婚する。



自分の心を犠牲にし、家に忠誠を誓う。












私には、その忠誠心を揺るがすロミオなんて、いないのだから。





番外編⑨『孤独なジュリエット』【完】

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