さちこのどんぐり

ノラネコさちこ /さちことの別れ

奈津美にとって、今日は待ちに待った日だった。

アルバイトが終わってから、
ファミレス店の午前出勤組と午後出勤組に
夜勤組の一部を加えたメンバーで忘年会がある。

そこには小野寺も参加する。



大学の講義はすでに冬休みに入っていたため
奈津美は昼過ぎに美容院の予約を入れていた。


部屋を出ると足元にはいつもの「どんぐり」が落ちていた。

それをポケットにしまい。奈津美は

「頼むよ。『幸せのどんぐり』!」
忘年会の会場はアルバイト先であるファミレスの近くにある居酒屋。
座敷タイプのスペースで3列のテーブルが並ぶ、やや狭い場所に
15人の団体で予約をしてあった。

開始時刻の19時前に、
白のハーフコートの下に黒のニットを着て、
ベージュのショートパンツに黒のニーハイという格好の奈津美が居酒屋に着くと

「あれ!奈津美ちゃん、なんだか今日は雰囲気違うね」

そんなふうにアルバイト仲間に言われ

「えー別にいつもと変わりないですよ」

なんて答えながら、
今日に向けて準備してきたことに対する手ごたえを奈津美は感じていた。



仕事帰りといった感じの小野寺は少し遅れて居酒屋に到着した。

「遅れてすいません。」



「それでは揃ったんで、改めて席決めしまーす」

幹事が用意したくじ引きで席を決める。

奈津美の席は小野寺の隣だった。

「やっぱり『幸運のどんぐり』の力だぁ。さちこ、ありがとう!」

奈津美は心のなかで叫んだ。

クレーマーの客から助けてもらい、犬の話を聞いたあの日から、
奈津美は小野寺のことをずっと考えていた。

今日は隣で話ができる。
彼女の胸は期待に膨らんでいた。


次々と料理が運ばれてきて、開会の乾杯も終わって、
奈津美は小野寺に話しかけた。

「今日は参加してくださって、嬉しいです。」

「そうかい?坂崎課長には
『そういうときは自分は参加を断って、お金だけカンパするもんだ』
って言われたよ」


坂崎さんらしいと奈津美は思った。

「坂崎さんも来ればよかったのに」と奈津美が言うと

「坂崎課長の娘さんが今、入院しているらしくて、いろいろ大変みたいなんだ」

そんなふうにいろいろ話をしているうちに…

「前嶋さんは彼氏とかいないの?」


来た!

奈津美は思った。


そういう方向にどうやって持っていこうかと悩んでいたのに、
向こうから来た。


「いないんですよね…小野寺さんはどうなんですか?」

小野寺が何と答えるのか、少しドキドキしながら待っていると

「今はいない…」

ちょっと引っかかる答え。

「じゃあ最近までいたんだぁ?」奈津美が冗談ぽく尋ねると

「うん。こっち来る前の神戸でね。」

小野寺は酒が入っていたからか正直に答えてくれた。

何を言っていいか、わからなくなっていた奈津美に小野寺は続けた。


「別れたくなかったし、今でも好きなんだと思う。」

寂しそうに言う小野寺の顔を奈津美は何も言えずに見ていた。

「前嶋さんはどんな男性と付き合いたいと考えてるの?」

そんな小野寺の問いに奈津美は

「同年代より大人な男性がいいかな。優しくしてくれそうだし、
いろんなとこに連れてってくれそうだし、
私のこと大事にしてくれそうだから、
それに付き合ってからも
『好き』とか『かわいい』とか、ちゃんと言ってくれそう…」


それを聞いたとき。
小野寺の脳裏に神戸の前カノとケンカになったときのセリフが蘇った。

「最近『可愛い』とか『好き』とか言ってくれなくなった!」
「倦怠期なの!?」o(`△´)o


小野寺は持っていたグラスをテーブルに置くと

「前嶋さん、それって違うと思うよ。
何かをしてくれるから好きとか、何かをしてくれないから嫌いになるとか…」

意外だった小野寺の反応に気後れしながら奈津美は言った。

「何が違うんですか?」

小野寺が答える。
「その人から『与えられること』を望むんじゃなくて、
その人に『与えること』を望むのが恋愛じゃないかな。
心から何かをしてあげたいって思える人がいることが『恋愛』なんじゃないかな」

小野寺がそう思ったのは、東京に来たばかりの時に、
夜の居酒屋で悩みを聞いてくれた会社のOB吉田から聞いた話のせいだった。

彼の奥さんは今ホスピスにいるらしい。
あの夜、彼は奥さんのために何もしてあげられないと嘆いていた。

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