さちこのどんぐり

雪と奇跡と

暦は11月も終わろうとしている。
街は気の早いクリスマスのイルミネーションに彩られ、
寒く冷たい空気も神聖に感じられる頃になっていた。

会社を早めに出た坂崎が、娘の入院している病院に寄ったあとに
妻と二人で千葉にある家に帰りついたときは21時になっていた。

娘の目の手術は2日後

妻はキッチンで買ってきた惣菜で夕食の準備をしている。

娘に病院で親しくしている同い年の男の子がいることは妻から聞いて知っていた。
父親として娘に親しい男がいるというのは、こんなときでも聞くと複雑な気持ちが沸き起こってくる。

しかし妻から、その男の子の病名を聞いて、坂崎はあることを思い出していた。

いまから10年ほど前、

現在は老朽化から取り壊されてしまったが、
部下の小野寺が入居している社員向け独身寮の隣には
家族向けの集合社宅もあった。

当時、その集合社宅に坂崎は住んでいた。

娘の香奈はまだ小学校に行き始めたぐらいのころで、
「お父さん大好き」なんて
言ってくれてたころだ。


その頃の坂崎は地元の父兄会からの依頼を受けて、
社宅の近くにあった川沿いのグラウンドで
週末だけ近所の少年サッカーチームのコーチをしていた。

他にサッカー経験のある適任者がいなかったことと
「お願いします!」という父兄たちの言葉に
しかたなく彼は引き受けたものの、

晩秋のころも過ぎると川沿いにあったグランドは寒く
寝坊したい日曜日の朝から行われるサッカー練習は
坂崎にとって、少し億劫でもあった。

「ちゃんとストレッチやって!ケガしないために大事なんだぞ!」
20人くらいの小学生を相手に
朝の8時から休憩を挟みながら昼12時まで
(眠いし…寒いし… ガキは生意気だし…)

息はすっかり白く、ベンチのプラスチックの冷たさが
服越しにはっきり伝わるような気がするくらい
練習スタート時は寒く、つらいものだった。

そんなサッカーの練習をいつも見に来ている親子がいた。

寒いグラウンドの端っこにあるベンチで
コーチの坂崎から少し離れた所に座って、
同い年の子供達がサッカーをしてるのを見てる親子に
人見知りする坂崎はなかなか話しかけることもできず

その男の子が「白血病」だということも
サッカーチームにいる他の子供の親から聞いた。



この寒いなか、いつもサッカーの練習を見にくるくらいだから、
よっぽどサッカー好きなんだろうけど、
その男の子はどちらかというと無表情な子だったと記憶している。

でも…


坂崎はよくボール追っかけてる子供達に指示するとき
指笛を吹いていたが、

ふと坂崎がベンチの方を振り返ると
その男の子と目が合った。


「何?……ああ…指笛かぁ」

坂崎が、そう声をかけると
その子がうなづいた。

「指笛がどうしたんだい?」

「………」

「教えてやるよ
いいか…指をこうやって口にくわえて…」

フーフーフー
(`ε´)


なかなか音は出ない。

「もうちょい口閉じて、真ん中からだけ息出すんだ」


それからは

寒いサッカーグラウンドのベンチで
小さな体に
服をたくさん着込んで丸くなって

坂崎から少し離れた隣でサッカー見ながら

フーフー
(`ε´)


そのたびに膨らむ男の子のほっぺと
それを見つめている母親の表情を
時折、坂崎は振り返って交互に見ていた。


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