束縛婚

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「帰る? ということは私と結婚する気になった? サインして?」

 サイドテーブルの上に置きっぱなしだった紙を、指さしでとんとんと軽くたたく。結婚証明書だ。紙を押さえるようにインク壺と羽ペンが置いてある。
 落ち着いて理性的に話していたのに、ベルティーユは思わず声を荒げた。

「なるはずないでしょう! わたしとウィル様は、結婚できません!」

 ウィルフレッドが悲し気な顔をして、ベルティーユの良心はひどく痛んだ。だが、一瞬でいつもの微笑みに戻ったので、先ほどの表情は気のせいだったのだ、と思った。

「ま、いいけどね。ベルと私はずっと一緒だから。それなら、結婚しているのと何も変わらないからね。君がサインしないなら、いつまでもここにいればいい。三日でも一週間でも一年でも。ああ。いっそここでずっと暮らしてもいいな。雑音が耳に入らないから」
「ずっと、なんて……」

 はっきりとした時間の感覚がないので、あれからどのくらい過ぎたのかは分からない。だけれども、刻一刻と時間が過ぎているのが分かる。

(早く……帰らないと取り返しのつかないことになるわ)

「ああ、君を妊娠させれば私のものになるかな? オースティンも私の子どもは可愛がれないだろうしね。もうはらんでいるかもね? 四人はほしいな。男の子と女の子二人ずつ」
「そんな……!」

 にこやかなウィルフレッドに、ベルティーユは顔を真っ青にさせて、腹に手をあてた。未だふくらみのないそれに、ひとまずはほっとする。もし妊娠していたとしても、すぐさまふくらむわけではないだろうが……。

「こんなこと……神様はお許しになりませんわ。ウィル様」

 ベルティーユの言葉に、ウィルフレッドは表情をなくした。
 ドアに手をかけて、涼やかな視線を向ける。ウィルフレッドはベルティーユの前ではいつも優しくほほえんでいるので、このような視線を向けられたことはあまりない。

「大丈夫。神は死んだよ。あの日にね」

 ウィルフレッドにこのような表情を向けられたのは、あの日以来、二回目だ。なんの感情もないみたいに、平坦な口調も。
 再びウィルフレッドは、いつもの微笑みに戻る。

「また少し出るよ。お利口に休んでいてね。夜はまた疲れさせるだろうから。食事はテーブルに用意してある」

 そう言い残すと、ウィルフレッドは部屋から出て行った。少しして、玄関のドアが閉まって、施錠される音がした。
 ベルティーユは目をうるませて顔を両手でおおうと、うつむいた。

「どうして……」

 指の間から、絞り出すような声がもれた。

「わたしはウィル様とみんなを守りたいのに……! それができないのなら、わたしは何のために……」

 遠くから、楽し気な鳥の声が聞こえる。今日もいい天気のようだ。ベルティーユの心とは裏腹に。

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