許嫁(いいなずけ)・壱





その夜、七瀬に帰った春菜からの電話はいつもと違い、不安気なお喋りが止まらなかった。




『…でね、パパが彼奴はいなくなった方が世の中平和だって言ってね?』




「…ああ。」




『お兄ちゃんも同じように言うから、
もしかしたら二人が関わってるんじゃないかと凄く心配なの。』




「春菜…」





春菜が心配してるのは何を隠そう、飯田強兵の突然の失踪事件についてだった。
放任溺愛の彼の両親が、息子の安否確認が取れないことにやっと気付いて、今頃騒ぎ出したらしい。



もともと素行が最悪だったため、少しでも関わりがあった人は関与を疑われ、警察まで動き出す騒ぎになっていた。





『匠は驚かないね?』




「先に聡太から聞いてたからな。」




『あ!そっか。敬侠会トップだもんね。聡太兄の方が話が早いんだ!』




「まあな。」




聡太も俺も真相を知ってる。
春菜には気づかれる訳にはいかない。





『もしかしたら、匠が関わってるのかと、一瞬疑っちゃった。』



春菜の声に俺は平静を装う。




「…安生のことで、今はそれどころじゃねえよ。」




『だよね。ごめんなさい。』




素直に謝る春菜にほっとした。
安生のことは、想定外だったが幸か不幸か、飯田強兵の事を上手に隠す隠れ蓑になっていた。




「警察が動いたならすぐ見つかるさ。1人じゃないんだろ?事情だって直ぐに調べあげる。
しばらくは騒がしいかも知れないが心配するな。」





俺が笑えば、





『そうだよね。
人が4人も神隠しに合うとか、あり得ないよね。』




警察はヤクザの関与を疑い、松江にも捜査の手は伸びた。

飯田強兵の行方はようとして知れないまま、年を重ねることになる。

素行が最悪だっただけに、彼奴は誰かに殺されたのだろうと言う噂は消える事が無かった。




後継者問題で揉めた飯田組は内紛が治まらず、やがて数年後、小田切の仲立ちで、七瀬に吸収されることになり、七瀬と飯田の数年に渡る確執に幕を引いた。




北陸気鋭会弓槻組も同様で。
数年をかけ衰退し、やがて松江が吸収することになった。







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