許嫁(いいなずけ)・壱

女子高生の恋模様 /躓き


「…匠にい?」




つんつんとシャツの裾を引っ張る小さな手に我にかえった。

春菜が泣きながら七瀬に帰り、
廊下に立ち尽くす俺の周りの人影はいつの間にか消えていて、

気が付けば隼人が俺を見上げていた。





「匠にい、お出掛け?」




小さな弟に言われて、ぐっと唇を噛みしゃがみこんだ。



「…おでかけ?」




「春菜ねえに謝りにいかないの? 」




「‥‥‥」




追いかけて謝る。


考えなかったわけじゃないが、




「今はダメだろうな。」




苦笑いして首をかしげる隼人の頭を撫でた。




「さっきは怒鳴って悪かったな。」








…移り香!





「…匠にい?」




小さな隼人の体を抱き締めると微かに花の香りがした。





「春菜…」




離れ離れでようやく手に入った筈の妻は、抱き締めることも叶わずこの手をすり抜けた。


自業自得。




「…匠さん。」




「充か。今から詰め込めるだけ仕事を詰め込め。
夏休み中に1日、いや半日でいいスケジュールを空けてくれ。」



俺は隼人を放し、立ちあがると充と向き合う。






「…半日、空けられますかどうか?」



わかってる。かなり無理して今日と明日のスケジュールを空けたからな。




「…直ぐに会社に向かいますか?」




「…ああ。」




馬鹿みたいだな。
こんなことならケイを伴い場所を移して話を聞いていれば…





「後悔先に立たず。」





「…嫌味な奴だな。」




「我が身に向けた戒めですよ。」




「…充?」




「柴田から電話で報告を受けた時、身を呈しても阻止しろと指示すべきでした。」




苦々しげに口にする充。




「私は英を男として見ています。
だから匠さんの側に付けたし、今回も渋々ながら同意してしまった。
肝心なのは、」




ため息をつく充。




「肝心なのは、
英をどう言った目で春菜様が見ているか…だったのだと今更気が付きました。」



「…俺にとってのケイはただのビジネスパートナー。
いや、多少の肩入れは否定しないが恋愛感情は皆無だ。」




数年ぶりの帰国は楽しい事ばかりではなく、
知り合いに蔑まれ、父親にかなり罵倒され、
傷付いたケイは日本に逃げ帰り俺に泣きついた。


それが『ハグ』の真相だ。

もちろん直ぐに引き剥がし蹴りを一発叩き込んだ。が、
最悪のタイミングを春菜に見られた。




まったく、何で今日、何であのタイミングだ!








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