キスと嘘と甘い火遊び

未練と嘘と甘い火遊び /読者900人様感謝*記念

「お久しぶりです、社長」

「ええ。急に押しかけて申し訳ない」

「いえ、お忙しい中でお時間を割いて頂き恐縮です」

「今回は近くに用があったついでに顔を出しただけなので。前回の視察の後、挨拶もうやむやなまま副社長に就任して担当を引き継いでしまったから、気になっていたんです」

「それはそれは、お気遣いありがとうございます。それから、遅れましたが奥様のご出産おめでとうございます」

「はは、ありがとうございます。お陰様で元気な女の子が産まれました」

「女の子は可愛くて仕方ないでしょうね」

「ええ、それはもう。……あの、前回の視察の際に資料を渡してくださった女性は今日は?」

「え、っと…資料を渡した女性、ですか」

「確か“有村さん”とかいう」

「よ、よく覚えていらっしゃいますね…」

「あーいや、その、大変丁寧な対応をして頂いたので」

「そうでしたか。残念ながら、今日は体調不良で休みを取っていたはずです」

「体調不良ですか?」

「ええ。仲の良い同僚がいるので詳しくは彼が知っていると思いますが、あ、彼です!佐渡くん!ちょっといい?」

「、……佐渡?」

「若いのに優秀なんですよ、彼」

「葉山社長、初めまして。佐渡です」

「佐渡くん、有村さんって確か今日休み取ってるよね?」

「はい。先月流行った風邪にかかったと聞いています。あの、店長。田中さんから駐車場の件で相談があるとの伝言です」

「伝言ということは緊急ではないのだね」

「はい。多分」

「店長、トラブルがあったなら早急に解決すべきです。特に駐車場はデパートの生命線だ。私は店長一押しの佐渡くんの話を聞いてみたいので、気にせず対応してください」

「ありがとうございます。失礼します!」

「……ということで佐渡くん。申し訳ないね、私のお世話係にしてしまったようだ」

「いえ!年が近いのにご活躍されている社長は私の目標なので、光栄です」

「はは、褒め上手だな。有村さんと同僚だと聞いたけど仲がいいんだね」

「え?あ、はい。唯一の同期なので。それが何か…?」

「羨ましく思えてね。この役職に就いてしまうと同期はいてもいないようなものだから」

「お察しします。ですが私は葉山社長が羨ましいです」

「私が?」

「ええ。仕事だけでなく家庭も円満で奥さんも出産されて。私は恥ずかしながら結婚すら渋られている状況なので」

「結婚、する予定なんだ」

「したいとは思っているんですが、相手の返事待ちです。実は付き合い始めて半年経っていなくて、しかも失恋したばかりの彼女を少し強引に口説いたんです」

「…、(もしかして……?)」

「本人は吹っ切れたと言うんですが、まだ前の恋人に気持ちがある気がして…」

「…そう、なんだ…、」

「あ、すみません!空気重くしましたよね」


「いや、構わないよ。それよりその相手って同期の…彼女?」


「有村さんですか?まさか!違いますよ。有村さんはいい同期です」

「(良かった、………と思う資格はないか、俺には)」



『未練と嘘と甘い火遊び』



「あの、実は有村さんから相談を受けたことがあって。好きになってはいけない人を好きになってしまった、って言っていたんです」

「…、そうなんだ」

「そのお相手は社長、ですか?」

「、」

「もしそうなら、気軽に会いに来ないでください。未練がましい気持ちは有村さんを傷つけるだけです」

「………………違うよ。有村さんとは一度食事しただけだ。ただ、それだけ。私には……大切にするべき妻がいるからね」

「…、」

「なあ、佐渡くんでしょう?有村さんに未練があるのは」

「っ、……違いますよ。俺は、……いえ、私も一度食事しただけです。守りたい未来の妻がいますから」

「そう。似てるね、私たちは」


もう二度と、支店に顔を出すことはなかった葉山さんの話。



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