キスと嘘と甘い火遊び

【another story】葉山さんの場合③ /総合5296位感謝*記念

葉山さんの場合。


*****



りぃの部屋の前で無駄な時間を過ごすこと数分。

インターホンに手を伸ばしては下ろしてを繰り返していると二つ隣の部屋のドアが開く。


出て来た中年の女性に怪しむようにじろじろと見られて慌ててインターホンを押した。



「はい」


“………葉山です”



慣れたやり取りのはずなのに緊張が声に出てしまって唇を噛む。

そんな俺にいつもと違う何かを察したのかいつもより急いでドアを開けたりぃは不安そうな表情をしていた。



「葉山さん、」


「りぃ」



互いの名前を呼び合うだけで心の内の全てが伝わればいいと思ってしまう。


それが可能なら言い尽くせない感情を伝える方法やりぃを傷つけずに済む方法に悩むこともないのに。

手探りでしか触れられないりぃの想いも簡単に汲み取ることができるのに。


生憎とそんな便利な能力を持たない俺は、



「……んッ……葉山、さんっ……待っ、」


「無理、待てない」



自分の知り得る限りの言外に想いを伝える唯一の方法で彼女の心の内を推し量るしかない。


ドアを閉めながらりぃの腕を引く。

反転させたその体を強くドアに押し付けて想いをぶつけるように唇を重ねる。


最初は驚いたように抵抗する素振りを見せたりぃもしばらくすると目を閉じてキスを受け入れた。

…キスを受け入れてもらえる。

それが男をどれほど揺さぶるのか、どれほど勘違いさせるのか。


りぃは分かってない。



「りぃ、好きだよ」


「………んッ、……」



男はすぐに都合よく勘違いして調子に乗って溺れてしまう生き物なのに。


いつもは先の行為に進むタイミングなのに頬を撫でるだけの俺にりぃはゆっくりと瞼を上げる。

その眸に揺れる不安そうな色を消したくて弱々しくも何とか微笑んだ。


でもそんなことをしても気休めにしかならないな。



「りぃ……」



ごめん。



「どうしたの?今日の葉山さん、なんか、」


「話したいことがあるんだ」



俺は今から君を傷つける。

大切な君を泣かせてしまう。


僅かに息を飲んだりぃはそれでもすぐに頷いてリビングへと向かう。

その小さな背中に手を伸ばしてしまいそうな自分がいて、律するようにぎゅっと強く拳を握った。



「そこの椅子に座って?お茶淹れるね」


「………いや、いいよ。りぃも座って」



一息ついてしまったらきっと言えない。

自分のタイミングばかりを気にする器の小さな俺にりぃは安心させるように頷いて腰を下ろす。


ああ、その優しさが好きだった。

そのアルトの声が、小さな手が、真面目な性格が、嘘が下手な所が、意外と短気な所が好きだった。


そういえば最初は一目惚れで。

意思の強そうな眉に、しゅっとした横顔に、風に揺れる綺麗な髪に、すっと伸びた姿勢に心を奪われたんだ。

…初恋、だったんだなぁ。


あーあ、泣かせたくなかったな。


そう思いながらも床に落としていた視線を上げてりぃの目を真っ直ぐ見つめる。

空気が僅かに震えた。


0
  • しおりをはさむ
  • 56
  • 1269
/ 41ページ
このページを編集する