キスと嘘と甘い火遊び

【another story】葉山さんの場合④ /総合2789位感謝*記念

葉山さんの場合。


*****



「妻が妊娠した」


「…え、」



時が止まる。


りぃはゆらりと視線を移ろわせながら何かを考えているようだったけど。

何を考えているのかは分からない。



「りぃ、大丈夫?」


「…………うん、おめでとう」



ぎごちない笑みを浮かべて祝福の言葉を口にするりぃに俺は眉を寄せた。



「本当に嬉しい?本心でそう言ってる?」


「嬉しいよ。葉山さん、奥さんとの仲で悩んでたもんね。これで仲直りは確実だね。あ、もしかしてもうラブラブだったりして。そうですよね、妊娠してるんですもんね」



りぃはへらりと笑いながら早口で捲し立てる。

その瞬間に気づいてしまったのは俺は彼女のことを何も分かっていなかったのだということ。


クールで冷静で理性的。

そんなのは俺が勝手に押し付けていたイメージに過ぎなかったのかもしれないということ。

彼女は俺なんかには寄り掛かれなかっただけで本当は弱さを隠していただけなのかもしれないということ。


そう気づいてしまった途端にりぃを遠くに感じて俺は呼び止めるようにその名前を呼んだ。



「りぃ」



頼むから。



「私の役目もこれで終わりですね。よかったです。不倫してるなんて親にも友達にも言えないし、いつバレるかって怯えるのもう嫌でしたから。明日から合コンでも行ってみんなに祝福される恋愛しますね」



壊れていかないで。



「りぃ」


「その名前で呼ばないで!」


「梨沙子」


「………ッ、」



始めて激しい感情を見せたりぃの腕を引いてリビングを出ると寝室を目指した。


俺のこの行動はきっと正しくない。

でも、ごめん。

俺はこれ以外に君の心に触れる方法を知らないから。



「知ってた?」



シングルベッドがギシリと軋む。



「嘘つくとき自分が敬語使ってるってこと。俺が見つけたりぃの癖」


「………そんなの知らな、んんッ」



泣きそうな声を漏らすりぃの唇を塞ぐ。


ごめん、違うんだ。

君の嘘を暴きたい訳じゃない。

そうじゃなくて。



「りぃ、好きだ……愛してる。………俺にはお前だけなんだよ。……信じて欲しい」



受け入れて欲しいとか一緒に生きたいとか、そんなことはもう求めないから。

信じて欲しい。

否定しないで欲しい。

ただ、それだけなんだ。



「ん……や、だ」



いやだと首を振るりぃに好きになってごめん、といつか口にした言葉を心の中だけで呟いた。




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