キスと嘘と甘い火遊び

【another story】葉山さんの場合⑤ /総合1280位感謝*記念

葉山さんの場合。


*****



「………うっ……えっ…、」


「ごめん。りぃ、ごめんな」



泣き出したりぃに行為を中断して強く抱きしめる。



「ほんと、ごめん」


「……どうして葉山さんが謝るの?」


「俺が優柔不断なせいでりぃのこと傷つけてるから。りぃのことが好きで愛してるのに妻のことも大切なんだ。子供ができたって聞いて嬉しかったし二人を守っていきたいって思った」



産婦人科でおめでとうございますと医者に言われて最初に考えたのはやっぱりりぃとのことだった。


でも次に考えたのは俺には見せない穏やかな表情でお腹に手を置く妻のこと。

その手の小ささにようやく気づいて。

普段は主張が強い方ではないのに医者にはきはきと質問をするその姿勢に驚いて。


守りたいと思った。

りぃと同じくらい大切に思ってしまったんだ。



「そっか、」


「でも、りぃを手離したくない……」



最低な男だと分かってる。

それでもぼろぼろと溢れる本音に歯止めをかけられずにいる俺にりぃがぽつりと呟いた。



「愛、じゃ、ないよ」


「え?」


「恋愛ってもっとみんなを幸せにするものでしょ?でもこのまま続けたら奥さんと赤ちゃんを裏切ることになる」



涙を拭ったりぃが言わんとしていることの察しがついてしまったのはきっと。



「葉山さん」



俺も同じことを考えていたから。



「私たちの恋愛は偽物だったんだよ。ただのごっこ遊び」



だけど、ごめん。



「遊びは終わりにしないと」



俺はそれを口に出来る強さを持つりぃとは違って弱くてどうしようもない奴だから。



「りぃ、何言ってるの」



分かっていても手離す勇気はなくて。

分かっていてもとぼけて誤魔化してしまうんだ。



「………今日は帰って?」



顔を背けて優しく言うりぃに甘えてばかりの俺は言葉の撤回を待つようにしばらく口を噤んで。

そんな自分の情けなさに遣る瀬無くなってりぃを抱きしめて腰を上げた。



「………明日、また来るよ」


「わかった」


「じゃあ、……さようなら」


「おやすみなさい」


「おやすみ」



さようならと言うのを拒むように言い換えたりぃに小さく笑って寝室を出た。


りぃは見送りには来ない。

…当たり前か。



玄関を出てからドアを振り向いて思い返したのは強い意志を纏ったりぃの微笑み。

優しく手をお腹に当てた妻のぴんと伸びた背中。

そして産婦人科医と妻の間で着々と進む話に置いていかれる俺に母と同い年くらいの快活な助産師がかけてくれた言葉。



__旦那さん、まだ実感湧かないだろうけどゆっくり受け入れればいいんだよ。


__…はい。でも…、


__どんなに仕事が出来る男も女の強さには敵わないものだからさ。特に母親や妊婦にはね。女より強くあろうとし始めたら身が持たないよ。



守りたいと、傷つけたくないと望んでいる時点で俺は器が小さかったんだろうな。


りぃにしても妻にしても。

俺よりもずっと強くて逞しい彼女たちは守る、守られるとか傷つける、傷つけられるとか。

そんなことは考えていなくて。


ただいつだって自分を誤魔化さずに背筋を伸ばして歩こうとしているのかもしれない。


きっとその強さに惹かれた俺は心のどこかでとっくに分かっていたのだろう。

…敵うわけがないと。



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