キスと嘘と甘い火遊び

その3、甘い火遊び

『8時に行く』



パタン



「……はぁ、」



葉山さんから届いたメールを読み返しては時計を見上げて何度目かの溜め息を吐く。


時刻は午後8時7分。まだ遅刻というには早すぎるのに不安は募るばかりだ。

来なかったらどうしよう…。

終わりにしようとしているはずなのにそう思ってしまう自分がいて嫌になる。


と、


ピーンポーン、ピーンポーン



「…………ッ…」



足の指先に引っ掛けてぷらぷらと揺らしていたもこもこスリッパを脱ぎ捨てて走る。


余裕のない表情で廊下をぱたぱたと走り抜けて玄関のドアを開けた私はきっと、らしくない。

その証拠に目の前の葉山さんは少し笑って私の頭をくしゃりと撫でた。



「不用心」


「………ごめんなさい」


「ん、」



でも思うんだ。


よしよし、と口に出しそうなほど優しく頭をポンポンする葉山さんの方がずっとずっと、らしくないって。

昨日も一昨日も激しく求めてきた葉山さんが今日は、自分の中の何かが整理できたように穏やかに微笑む。


先に終止符を打ったのは、私じゃなかったね。



「シャワー、借りていい?」


「どうぞ」



その質問が遠回しに何を意味しているのかわかっていて、その上で頷いた。



「ちゃんと聞いてから使うなんて初めてうちに来たとき以来じゃない?」


「………懐かしいね」



目を細めて笑う葉山さんは鞄を置いてスーツの上着を脱ぐと、浴室に向かった。

パタンと扉が閉まる乾いた音を聞きながら私は膝の力が抜けたようにその場に座り込んだ。


いつも通りにできたかな。

うまく、笑えていたかな。


葉山さん、葉山さん。

今日で終わりにするんだと、この胸を張れない関係に終止符を打つんだと決めたのに。

あなたの顔を見ただけで。変わらないあなたの香りに包まれただけで心が揺らぐ私は弱いね。


弱くて、1人では立っていられないほどには葉山さんが好きだと、あなたは知っていますか?





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