君がいないと、僕は歌えない

◆君が好き


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文化祭に出るという一大決心をした頃からだった。


ベースが、上手く弾けなくなったのは。


指先が、思うように動かない。けれどもまだ、その時は痛みを我慢すれば弾くことは出来た。





「あ~、いい汗かいた~」


ギターを置いた奏が、地面に胡坐をかき、置いてあったペットボトルを一気に飲み干す。


十月。ようやく、吹く風に冬の気配が混じるようになった季節。放課後、私達は日暮れまでりょーちゃんのガレージで練習していた。


「キョーコも何か飲む? 取ってこようか?」


気を利かせたりょーちゃんが、私に声を掛けてくれる。


「ありがと、りょーちゃん」


私の返事に微笑みを返して、りょーちゃんは自宅の方へと消えて行った。






しゃがみ込み、ベースを置いて自分の右手首を見つめる。


痛い。以前も震えることはあったけど、痛くはなかった。腱鞘炎なんて放っておけば治るものだと思っていたけど、悪化すれば痛みを伴うこともあるんだろうか?


不安に駆られていると、


「どうした?」


いつの間にか、すぐ脇に奏が座り込んでいた。


ハッとして、奏を振り返る。全力で歌い終えたばかりの奏の額には、汗が滲んでいた。猫のような瞳が、私を見つめている。心の底から私を信頼している、穢れのない、純真な瞳。


「ううん、何でもない」


笑顔で誤魔化せば、


「なら、いいけど」


そう言って奏は、いつになくひたむきな視線を送ってきた。






「キョーコ」


「……ん?」











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