ナマケモノに夜《完》

3話 ほつれ髪の栞 /3










あの少女は私が見せた幻覚だったのだろうか。



「わからないな……」



翌日の事。日がまだ高くない位置にある時間帯。



私は明智家の奥方に案内された書室にいた。




そこには何百、何千という本が棚や床に見受けられ、私の心を満たした。




明智家の人々は皆活字中毒らしく、成る程この本の量を見ればそれも頷ける。私は今日も白シャツの上に袷を着て、袴に眼鏡というスタイルでその部屋に朝から入り浸っていた。



しかしいくら考え込んでも答えはでない。




食卓で起こった奇妙な光景を見れば、居候の私が明智家の人々にあれ以上質問できる立場にいるとも思えない。



「仕方ないかな」



気になるが放っておこう。それよりも本を書かなければ。




私は棚から数冊気になる本を取り出してから、宛てがわれた自室に戻った。



明智家の人々は今皆、一階で商売に励んでいる。餡の甘い香りがフラフラとやってくる度私の腹は悲鳴をあげた。




自室に入り、文机の横に本をすとんと置く。



今執筆中の話は、殺人鬼が次々に人々を襲って行く話だった。




私という暗い人間は、“はっぴぃえんど”の話よりも、“ばっどえんど”という話こそ本当の結末と考えている人間だった。けれど、それに行き着く間での展開はまだ私の中で決まってはいなかった。




いつも考えるより先に筆を走らせる。その途中で、誰が殺されるか、どう話を進めたら面白いかを決めているのだ。



……書かなければ。



私は筆を持ち、文字を綴りながら物語を進めていく。






「作家先生」




没頭していたその途中だった。期せずして若く瑞々しい女の声が聞こえた。


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