ナマケモノに夜《完》

3話 ほつれ髪の栞 /5













早朝から降り続く院雨が煩わしく、その日は直ぐに布団から出る事ができなかった。




午睡までして、漸く起き上がった時も、窓の外は空から落とされる雫の連打、連打、連打続きでどうしようもなかった。




私は寝癖頭のまま着物の懐に手をいれた。外を眺める。




さすがにこの雨では桜の花も散っているのだろうなと思ったが、驚くべき事に、桜の花弁は殆どが枝にしがみついたままだった。しかも色まで鮮やかときたもんだ。





「やはりあの少女は幽霊か、妖怪か……」



はたまた、桜の精なのだろうか?




私はそのままだらしの無い格好で文机に向かい、原稿用紙を少し埋めたのち、身支度をして一階へとおりた。




階段を曲がって明智家の台所に顔を出してみると、長女の透子さんが丸々太ったトマトを包丁でじゅく、じゅくと瑞々しい音をたてながら切っていた。




「すみません」

「あらまぁ作家先生。今日は随分下におりてくるのが遅かったから、心配していたんですよ」

「はぁ。少し、寝すぎた次第でして」




私はふやけたような声を出して頬を掻いた。惰眠の貪りの代償か、声がまだ本調子ではない。




恥ずかしくなった私はそそっと頭を下げた。


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