ナマケモノに夜《完》

3話 ほつれ髪の栞 /6












夫人の葬式を終えてすぐ、明智家の人々は稼業を再開した。



皆夫人の死を悲しんだ。



とりわけ末っ子の清君などは、「死んだ、死んだ、お母さんが死んだ!」と泣きわめいて、長女の透子さんや次女の絢子さんに抱きつく事が多くなった。




明智屋の主人はそんな清君を「好い加減泣きやみなさい」と叱り、長男と次男は通夜こそ涙をひと流ししたものの、それ以降はせっせ、せっせと和菓子作りに励んでいた。




私はとすればあの雨に体をすっかり蝕まれてしまい、長く風邪をひいてしまっていた。



本当ならば状況も状況なので「おいとまします」と言うところだったが、「人数が減った今、どうか、作家先生には明智屋にまだ暫く滞在してほしい」とせがまれたので無下にもできず、まだこの明智家に世話になっていた。




原稿はその間少しばかり中断してしまったが、どうやら今日は幾らかは書けそうだ。





「しかし、殺人鬼とは」



私は自分の原稿用紙を見下ろしながら溜息をついた。何の因果か知らないが、この偶然は天の悪戯か。




まるで、私が書く“ばっどえんど”を誰かが阻止しようとしているような気も、しなくもない。



ちょっと訝しんでいると、部屋の襖がすぅっと開いた。





「作家先生、もしよろしければ風呂などどうですか?」



現れたのは長男の淳さんだった。



中々もって厳つい体の男だが、こういう男こそ繊細な菓子作りにはむいているのかもしれない。



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