ナマケモノに夜《完》

3話 ほつれ髪の栞 /7











障子に落ちた月の影が一瞬、桜の色に見えた。



夜半の空気は体に毒だと思って、目が覚めても私はしばらくの間布団から抜け出せなかったが、文机の前に少女が正座をしていたので、私は布団から体を起こした。



彼女は熱心に熱心に、月灯りを頼りに原稿を読んでいた。




「面白いかな?」



気になって私は訊ねてみる事にする。返答はすぐにきた。





「つまらない。殺人鬼はまた、人を殺してしまったのね」

「そういう話だからね」

「私はやっぱり“はっぴぃえんど”の恋愛小説が好きだけれど」

「それを書くには、今は気分がのらないんだ」

「いつのるの?」

「わからないよ」




私は首をすくめた。



本当に、そういう類の小説を書く気分にはなれないのだ。



少女は持っていた原稿用紙を文机に戻すと、私の近くに寄ってきた。



澄んだ瞳が純粋に綺麗だと思った。セーラー服の襟には例にあぶれず桜の花びらがついている。




「君はやっぱり幽霊か、妖怪なのかな?」




私はこれまた純粋に訊ねてみた。一昨日の昼間に明智家の人々から聞いた話を頭の中で繰り返しつつに。



彼女は表情を崩さぬまま、赤い唇を動かした。





「作家先生はどう思う?私の事を幽霊か妖怪か……それか、殺人鬼だと思う?」

「…………」



私は視線を斜め下に向けた。頭の中がほんの僅かにこんがらがったが、すぐに立て直す。



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