朽ち果ての王と宵闇烏 - 壱 -【完】

等間隔に灯る蝋燭の炎がゆらゆらと、暗闇の中で揺れている。

両側に並ぶ色硝子の窓の向こう。
覗けば鬱蒼とした暗い森。
空を埋め尽くす枝葉の間からかすかな陽光が細い糸のようになって大地へと垂れて。
古めかしい家々の連なる街角。
そこは夜の静寂と穏やかな眠りの気配で満ちている。
ギラギラと照る朝焼けに凪いだ海。
油膜のように照り返る水面。
花々咲き乱れる真昼の丘では、私の視線には気付かないまま笑顔で駆けまわる子供らがいる。

その景色のどれもが美しく、同時にそこは私の居場所ではないのだなと思い知らされる。

吸血鬼の私はあの日恋い焦がれた。
空を染める美しい朝焼けに。
今胸を締めつけるのは、あの日と同じ感情だ。
それでも私は決して戻ろうとは思わない――この窓の向こうへは。
戻りたい気持ちをしっかりと抱えながら、ゆっくり、ゆっくりと歩いていく。

ここが、私の居場所だ。
――そして。

「そっか……春なんだ……」

庭園に出た、私の口から溢れるようにして言葉は流れる。
そう、春だった。

真白い十季の庭園、ガラスの天井越しに広がるのは明るい夜空。
月は見えないが、きっと何処かにいるのだろう。
闇でいて仄明るい庭園の夜に咲き誇るのは、ただ白く淡く光る花。

私が吸血鬼になった冬の終わり。
この庭園に植えられた木蓮は裸木で。
それでも十季と一緒に、並んでこの木々に白い花が咲く光景を思った。
あの夜も、ついこの間のことだったような気がするのに。
今、私の目の前で、木蓮は確かに花開いている。

十季の好きな花。
私は長椅子にそっと腰を下ろして、散った真白い花弁を拾い上げる。
記憶にあるよりも花弁は柔らかく、儚くて。
この花を思って、私に木蓮と名付けた十季を思えば何とも言えない思いが胸の内に溢れてきた。

「十季……春だよ……」

今頃自室で、同じように眠らぬ夜を過ごしているだろう十季に呟く。

「私は……この花みたいに……綺麗でいられるかな」

十季の好きな、この花のように。
血で汚れようとも、戦いに呑み込まれようとも、私は。

――違う。
いられるかな、じゃない。
この花の如くあろうと、この光景と共に心に刻んで。

ふと脳裏に珠皇の顔が過った。
宵闇姫、生き残れ。
そう言った彼は少なくとも喜んでいるだろうと思う。
今頃、巴の首を落とした私の為に祝杯でも挙げているだろうか。
あの、彼の作らせた酒でも飲みながら。

楽しそうに笑う珠皇の顔を振り払うようにして見上げた木蓮の枝。
この花は、私が人であった時と何ら変わらずに白く美しい。
いや、吸血鬼の目で見ればそれは生前より美しいかもしれなかった。
だから猶更、縋るように私は木蓮の花を見つめている。

ああ、夜が明けるまではこうしていよう。
血に塗れようとも、せめてこの花の白さだけは目に焼き付けて忘れないように。

焼き付けて――私の心が赤く染まってしまうことのないようにと。

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