朽ち果ての王と宵闇烏 - 壱 -【完】

 庭の隅、木蓮の根元に座り込んで夜明けを待った。
 硝子の向こうに瞬く星の数を数え、それに飽きれば適当に星を繋いで出鱈目な星座を作ってみたり。
 こうして草と土の匂いに包まれてぼんやりするのはとても穏やかで心地いい。
 こうして気を緩めて、人が無為と呼ぶであろう時間を過ごすのも随分と久しぶりだ。
 自分の心が安らかに凪いでゆくのがよく分かる。

 生前から、こうして過ごすのが好きだった。
 何もない日の午後、柔らかに照らされる街路樹を窓から眺めていたら、いつの間にか日が暮れそうになっていたり。
 こうしてだらだら眠らずに、何をするでもなく夜明けを迎えた日もあった。

 しかし、待ち望んでいた時間が瞬く間に過ぎていってしまうのは世の常か。

 手の中で飽きもせずに弄んでいた木蓮の花弁の色が変わった気がして、顔を上げる。
 そして気づいた。
 空の端がうっすらと色づき、夜が終わりを迎えようとしているのに。
 私は惜しむように藍色の空が刻々と色を変え、やがて太陽が目を刺し貫くような輝きを伴って昇っていくのを見つめて。
 やがて迎える朝、庭は本来の白く美しい姿をとり戻す。

「……さて、と」

 夜は明けた。
 時間をただぼんやりと過ごす至福は終わりにしよう。
 立ち上がり、軽くお尻をはたいて、小さく伸びをする。
 そして、私は当然のように名前を呼んだ。

「善」
「はい、姫様」

 ゆらりと私の背後に姿を現した善。
 お気づきでしたかなんて阿呆なことを善は聞かない。

 昨夜庭園に足を踏み入れてすぐ、彼が私の側にやってきたことには気付いていた。
 この戦いに決着がつかない限り、私は常に危険に晒されている。
 例え1人きりでいたくたって、護衛が必要なのは分かっている。
 何より善ならば、ただ私の意を汲んでひっそりとそこにいてくれるのだから有難い。
 そして、同様に――。

「睡蓮も、おはよ」
「あぁ……おはよう、姫さん」

 夜明けを迎えた今、姿を消すことのできない彼は近くの木立から現れた。
 彼もまた善に続いて、夜通し姿を隠して私の側にいてくれた。
 眠れないのかとか、余計なことは何も言わずに、私はなるべく1人にしておいてくれた。
 昨日、彼は私のことを大分理解してきたと言っていたけれど――その言葉は間違いじゃない。

「さてっ、とりあえず着替えたら今日はシズカ達のところに行くよ」

 その前に十季のところへも顔を出そう。
 いつも通りの笑顔を見せて、もう大丈夫と彼に知らせたい。
 よし、と気合を入れて私は自分の部屋へと足を向けた、が。

「姫様、その前に少しお時間を頂いてよろしいですか?」
「ん? いーよ。どうしたの」

 善に引きとめられ、振り返る。
 すると善は、何故だか張りつめた顔をして真っ直ぐに私を見ていて。
 さらに善の隣に睡蓮が並んだことで、私は小さく首を傾げた。
 多分、表情は大いに困惑の色を浮かべているはずだ。

 善が一体何を言い出すのか、まるで予想がつかない。

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