湿った世界の片隅で【完結】

Act.6 /幻想に焦れた日

 
見られた、と

わりと冷静な頭で思った。

帰ろうとする若宮をアパートの外まで見送ったとき、若宮が別れを惜しむように顔を傾けたため、あたしも迷うことなく目を閉じた。

冷えた感触を受け入れ、舌が絡んだのを合図に踵を上げる。そのまま身体を預けるように肩へ手を乗せれば、触れるだけだったキスは、さらに深いモノへとカタチを変えた。


しかし、キスの余韻に浸るまでには至らなかった。

視界の片隅に、彼の姿を捉えたからだ。

なんでこんなところにいるのだろう。零れた言葉は考えるより先に静けさを壊した。若宮に触れた唇で、あたしは彼の名も無き姿を呼んだのだ。


あれは、

完全にあたしのミスだった。


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