よみや高校怪奇倶楽部〜こわがりな先輩と最強守護霊憑いているちゃん〜

第三話 よそみはだめだよ /その参

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 新しい高校に転入して一ヶ月。琴子は大した苦労もなくその生活に馴染み、親しい友人もでき、それなりに楽しく過ごしていた。
 元々人と打ち解けるのが得意で、いろんなものに興味を持つ性格のため、誰と一緒にいても何をしてもさして苦にならない質なのが功を奏している。
 だが、ひとつだけ今の高校で不満なことがあった。
 それは、芸術の授業だ。一年のときに音楽、書道、美術の中から好きなものを選んでその授業を受けるのだが、二年で転入してきた琴子は自動的に人数が少ない授業に割り振られてしまったのだ。
 琴子がやりたかったのは音楽で、親しくなった友達も大抵音楽の授業だ。それなのに、琴子が割り振られたのは美術だった。
 週に一回あるその美術の授業が、琴子は今のところ苦痛で堪らない。
 琴子には、美術に対する興味がなかった。おまけに絵心もなかった。親しい人に誘われれば美術館に行くこともやぶさかではないし、それなりに楽しめるだろう。だが、興味があるかと聞かれれば否で、自分で絵を描くのはまったく楽しくないし得意ではなかった。
 琴子が絵を描けないのは筋金入りで、幼いときから何を描いても誰かに理解されることはなかった。幼稚園児のときに母を描けば「上手なワンちゃんだね」と言われ、小学生のときに遠足で行った風光明媚な場所の絵を描けば「楽しかった気持ちを抽象的に表現したのかな」と言われ、中学生のときは美術の授業で友達とお互いの顔をスケッチしたら「あんた、あたしのこと嫌いなの?」と泣かれたという嫌な経験がある。
 そういったことがあって、琴子は絵を描くのが嫌いというより苦手だ。人の顔なんて、頼まれても二度と描きたくないと思っていた。
 それなのに、よりによって美術の授業でまた描くことになってしまった。
 お互いの顔を描くというテーマだから、二人一組に分かれる必要がある。教師にそのことを告げられて、琴子は美術室の中を見回した。一年からやっている授業だ。当然すでにグループに分かれていて、入る余地はなかなかなさそうに見えた。
 だが、教室の隅でひとりぽつんと座る女子を見つけてほっとした。

「スケッチの相手、いいかな? 同じクラスの成瀬さんだよね。私、男虎琴子」
「……別にいいけど。あぶれた人と組むつもりだったし」
「よかった。ありがと」

 琴子が声をかけたのは、癖のない黒髪が特徴のひとりの女子だ。その女子、成瀬(なるせ)美和(みわ)は、琴子に声をかけられても素っ気ない態度をとった。
 嫌われたのだろうかと考えるが、嫌われるほどの接点はない。そうはいっても好かれてもいないのはわかりきっているから、琴子はどうしたものかと考えた。

「私、めちゃくちゃ絵が下手なんだよね。今まで一度も、描いたものが何なのかわかってもらえたことがないんだ。だから、変になっちゃったらごめんね」

 何か話の取っ掛かりをと考えて、琴子は口を開いた。悲しいが、絵が下手なのは事実だ。そしてこういうやや自虐めいた話というのは、まだそこまで親しくない人間関係においていい会話の糸口になることが多い。

「別にいいよ。目がひとつとか鼻が二つとか、ふざけたことしなければ。一生懸命やってもだめなことって、誰でもあるでしょ。ちゃんとやるなら、私は責めたり笑ったりしないよ」

 相変わらず素っ気ないが、成瀬は一瞬琴子のことを見て、それからどうでもよさそうに言った。実際にどうでもよかったのだろう。だが、その言葉は琴子の胸にいつの間にか埃のように降り積もっていた嫌な気持ちを、ふっと吹き飛ばしてしまった。

「そっか……そうだよね。一生懸命描くね」
「はいはい。さっさと手を動かして」

 勢い込むように言う琴子に、成瀬は若干馬鹿にするように言った。素っ気ないし、極めて感じが悪い。それでも琴子は気にならなかった。
 これまで琴子にとって絵を描くことは、他人に理解されないという苦しみと、馬鹿にされて笑われるという屈辱を伴う行為だった。それが嫌だから、先に自虐ネタにして笑いを取って、自分の身を守ることを繰り返してきた。
 だが、成瀬は琴子の自虐に乗らなかった。一生懸命描くのなら出来栄えがどうであれ責めることも笑うこともしないと言ってくれた。
 そのときから、琴子は素っ気ない成瀬のことが好きになって、週に一度の美術の授業もそこまで嫌ではなくなったのだった。

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