Help (完)

第二幕:ないしょの決め事 /油断大敵






────マンションの前で狼と別れ、私はマンションに入るふりをして見つからないようにアパートに逃げ込んだ。

玄関に着くなり膝から崩れ落ちたのは当然のことのように思う。




全身の震えが今になっても止まらない。

忘れろ。忘れたい。

そう思って体を抱きしめるみたいに腕を組んで指先に力を入れる。体が軋むほど強く抱きしめても夢は覚めないからこれはきっと現実なのだろう。



「っ……」



私の身体に、全く知らない男が触れた。



「っ……」




歯を食いしばって涙をこらえようと思ったけど、どうしようもないくらいの恐怖が今も私を包み込んでいる。

目を閉じると瞼の裏に浮かび上がってくるあの瞬間に、呼吸が乱れる。




やだやだやだやだ。もうやだ。全部忘れてやる。忘れよう。感情を抑え込もう。……我慢することは、慣れている。

あんなのはきっと、なんでもない。ここに一人暮らしすることになった理由に比べたら、なんてことない。そうだ。そうなんだ。




自分自身を押さえ込みながら、そうだ、とふらっと立ち上がった。



全部忘れるためにもシャワーで全てを洗い流そう……。

全身触られまくって舐められてた体は汚くてたまらない。全部流してしまおう。




バスルームに入る前にボロボロの服を脱ぎ捨ててゴミ袋に突っ込む。



あ。


その時、服のタグが見えてしまった。

このTシャツは狼のもの。人の服を捨てるのはどうかと思ってためらった直後に見えた服のタグは有名なメンズブランドのものだった。

メンズの服は詳しくないけど、このブランドはレディースもあるから知ってる。レディースだとTシャツ1枚で6千~7千円が当たり前のやつ。



彼が何歳かは分からないけど、私とたいして変わらない歳に見えたから高校生だと思う。

高校生の6千円って、かなり高いと思うんだよね。




いや、でも。彼がどこの誰かもわからない。名前も職業も年齢もーー恐怖にかまけて何も聞いていない。

そんな狼に返すなんて……どうやって?



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