bittersweet【完】

番外編 /━morphine━







モルヒネの夜は、抜け出すには、もう闇を重ねすぎてしまった。










「(遅れる…、…)」


朝から落ち着かず、結局1時間以上も余裕を持って部屋を出て来た。約束まであまりに時間があったため、途中本屋に寄っていたら案外時間が過ぎていて。しかも外に出れば夕方に足を踏み入れた街は人が増え、先に進む私を焦らせた。


駆け足で待ち合わせ場所に着いた時には、彼はいつも傍らに置く煙草を吸わずに寒空を見つめるようにして壁に背を預けていた。




「中野、さん」


ごめんなさい、という前に彼がこちらをちらりと見て目元に笑みを浮かべたので、謝罪は情けなく飲みこまれる。


駆け寄った私を見下ろすと、そのままふむなんて口元に結んだ手を寄せて見せる。細めた瞳に見つめられ、私は気恥ずかしさに俯いてしまう。




「すみません、遅れて」

『いや。待ってるの楽しかったから』

「……楽しかったですか?」

『ん。陽はどんな顔して来るのかな、とか。どんな服装してくれるのかな、とか。色々、考える訳ですよ』

「……そ、ですか」

『そうなんです』


会話の間もジ、と見つめられて冬を街に降ろすような冷たい風が首元や頬を撫ぜるのにも拘らず、私はどこかぼんやりとした輪郭の曖昧な熱を自分自身の中に感じて、思わず手を握る。





と。


『それ、似合う』


彼はそう言って、何故か困ったように笑った。言葉と矛盾した表情に恥ずかしがって良いのか、不安がって良いのか、なんだか困った。中野さんはいつもそうやって、大人の顔をするのだ。



焦らされたような心境で彼を見上げていると、見透かしたように中野さんはまたふっと笑みをもらす。そのまま「まあ、なんて言うか」と静かに続ける。




「あの、本当は変でしょうか」

『いや違うって』

「……けど、あまり良い意味で言った顔はしていません」

『……』


私達の横をカップルがはしゃぎながら通り過ぎてゆく。温度差にくじけそうになるが、中野さんは気にした様子もなく無表情のまま私を見下ろした。






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